秘密の婚約者は冷徹専務 ―契約から始まる社内トライアングルと、切ない溺愛―
疑念の視線
夜会のきらめくシャンデリアの下――。
雄大が鈴子の手を取って歩く姿は、まるで一幅の絵画のように堂々としていた。
背筋を伸ばし、冷徹と呼ばれる専務が人前で女性をエスコートするなど、誰が想像しただろう。
周囲の視線が二人に集まる中、その様子を会場の片隅から見逃さなかった者がいた。
颯真。
(雄大が……あんな顔をするなんて)
氷の仮面を思わせる無表情の奥。
ほんの一瞬、浮かび上がった色――それは、兄である自分ですら見たことのない独占欲だった。
女を庇うように視線を落とし、握る手に込められる強さ。
あの冷たい弟が、そんな目をするなど信じがたい。
「……雄大」
颯真はグラスを傾けながら小さく呟く。
胸に広がるのは驚きだけではない。説明できない感情がじわじわと胸を占めていった。
翌日――。
颯真の執務室。
出勤したばかりの鈴子は、通勤カバンを抱えたまま颯真に呼び止められた。
「……ちょっと、話がある」
普段の朗らかな笑顔はどこにもなく、真剣な色を帯びた眼差し。
鈴子は思わず足を止めた。
「え、あの……はい」
「昨日の夜会……見たよ」
「えっ……」
「雄大と一緒にいたよね」
颯真の声は淡々としている。だが、決して軽い調子ではなかった。
柔らかさの奥に潜む圧が、鈴子の胸を締めつける。
(もしかして……契約がバレた……?)
心臓の鼓動が速まる。答えなければと思うのに、言葉が出てこない。
「ただの偶然、って言いたい?」
彼の眉がわずかに寄る。
その表情を見た瞬間、鈴子は思い知る。――この人は嘘を嫌う。
そして、相手の曖昧さを見逃さない人だ。
「……専務には、仕事で呼ばれただけです」
どうにか絞り出した言い訳。
自分でも苦しいとわかっている。
しかし真実――契約婚約者であることなど、絶対に言えない。
颯真は黙ったまま鈴子を見つめた。
その眼差しは責めるよりも、確かめるようで。
けれど、そこに混じるのは――疑念と、微かな痛み。
「……弟は冷たい奴だけど。人にあんな顔をするのは珍しいんだ」
低い声に、鈴子は息を呑む。
雄大が見せた表情を思い出す。冷たさの裏に隠れていた、確かな熱。
(私だって……あんな顔、初めて見た)
返せない。心が揺れる。
「鈴子ちゃん。今度聞くときは、ちゃんと本当のこと言ってね?」
胸が強く跳ねた。
優しい声音。なのに逃げ道を塞ぐ問い。
目を逸らすしかできない自分が、余計に罪を背負っている気がした。
応接室の空気は、重く、静かに張り詰めていった。
雄大が鈴子の手を取って歩く姿は、まるで一幅の絵画のように堂々としていた。
背筋を伸ばし、冷徹と呼ばれる専務が人前で女性をエスコートするなど、誰が想像しただろう。
周囲の視線が二人に集まる中、その様子を会場の片隅から見逃さなかった者がいた。
颯真。
(雄大が……あんな顔をするなんて)
氷の仮面を思わせる無表情の奥。
ほんの一瞬、浮かび上がった色――それは、兄である自分ですら見たことのない独占欲だった。
女を庇うように視線を落とし、握る手に込められる強さ。
あの冷たい弟が、そんな目をするなど信じがたい。
「……雄大」
颯真はグラスを傾けながら小さく呟く。
胸に広がるのは驚きだけではない。説明できない感情がじわじわと胸を占めていった。
翌日――。
颯真の執務室。
出勤したばかりの鈴子は、通勤カバンを抱えたまま颯真に呼び止められた。
「……ちょっと、話がある」
普段の朗らかな笑顔はどこにもなく、真剣な色を帯びた眼差し。
鈴子は思わず足を止めた。
「え、あの……はい」
「昨日の夜会……見たよ」
「えっ……」
「雄大と一緒にいたよね」
颯真の声は淡々としている。だが、決して軽い調子ではなかった。
柔らかさの奥に潜む圧が、鈴子の胸を締めつける。
(もしかして……契約がバレた……?)
心臓の鼓動が速まる。答えなければと思うのに、言葉が出てこない。
「ただの偶然、って言いたい?」
彼の眉がわずかに寄る。
その表情を見た瞬間、鈴子は思い知る。――この人は嘘を嫌う。
そして、相手の曖昧さを見逃さない人だ。
「……専務には、仕事で呼ばれただけです」
どうにか絞り出した言い訳。
自分でも苦しいとわかっている。
しかし真実――契約婚約者であることなど、絶対に言えない。
颯真は黙ったまま鈴子を見つめた。
その眼差しは責めるよりも、確かめるようで。
けれど、そこに混じるのは――疑念と、微かな痛み。
「……弟は冷たい奴だけど。人にあんな顔をするのは珍しいんだ」
低い声に、鈴子は息を呑む。
雄大が見せた表情を思い出す。冷たさの裏に隠れていた、確かな熱。
(私だって……あんな顔、初めて見た)
返せない。心が揺れる。
「鈴子ちゃん。今度聞くときは、ちゃんと本当のこと言ってね?」
胸が強く跳ねた。
優しい声音。なのに逃げ道を塞ぐ問い。
目を逸らすしかできない自分が、余計に罪を背負っている気がした。
応接室の空気は、重く、静かに張り詰めていった。