婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。
第一章 眠りのお供にカモミールはいかが?

第1話 結婚できなくなったそうです

「君とは結婚できなくなったんだ」

 エルザ・ミツレイが婚約者からそんな言葉を伝えられたのは、アカデミーの卒業式の後に行われる、お祝いのパーティーでのことだった。

「え、どういう意味?」

 頭が真っ白になりながらもどうにか言葉を絞り出すと、婚約者のデレク・ビアサルは軽くため息をついた。

「婚約を解消してほしいんだ。エルザも、知っているだろう? 僕が、あのローズマリー様の新しい事業のパートナーに選ばれたって」

 ローズマリー・マロリス。
 年頃の貴族なら、その名前を聞いた瞬間に一人の女性を思い浮かべるだろう。
 彼女の名声はそれほどまでに高く、誰からも慕われている。
 エルザよりも一つ年上の才女であり、アカデミーではデレクと同じ学年だった。

「でも、約束したじゃない。私がアカデミーを卒業したら、すぐに結婚してくれるって」

 エルザはふんわりとした柔らかい栗毛の下から白みがかった黄色の瞳で、目の前にいる男の顔色を伺った。

 デレク・ビアサルは一言で表すと美男子だ。
 緑色の長い髪に、褐色の瞳が特徴的で、侯爵家の次男ということもあり、婿候補としても名高い。
 彼はエルザの婚約者であり、同時に幼なじみの関係でもある。

 二人の間にあるのは恋心や義務による婚約ではなく、どちらかというと長い付き合いからくる友情だ。
 デレクは固有能力がないエルザのことを、それでもいいからとアカデミーを卒業したら結婚しようと約束してくれていた。

 あの頃はまだお互いにアカデミーに入学する前だったけれど、その言葉だけがエルザの目標でもあったのだ。

 今日はエルザのアカデミーの卒業式だ。
 一学年上のデレクは一足先にアカデミーを卒業しているから、今日はエルザの卒業のお祝いに来てくれたのだと思っていた。

 それなのに――。

「本当は僕も君と結婚してあげたかったんだけど、でも無理になったんだ。あのローズマリー様に比べると、エルザはすこし……うーん、言葉を選んであげたいけどさ……見た目は子供っぽいし、お嫁にするにはやっぱり物足りないかなって」

 デレクの口から告げられたまさかの言葉に、咄嗟に声が出なくなる。

 たしかにエルザは平均よりも身長が低く、十八歳なのにまだ幼い令嬢に間違えられるほど童顔で子供っぽい。
 反対にローズマリーは誰もがうらやむ大人っぽさを持っていて、エルザ自身も憧れている。

(でも、いまのままの私でもいいよって、言ってくれたのに)

 悔しさなのか、悲しさなのかがわからない。
 衝動的な感情が胸の奥から沸き上がってくる。

 そんなエルザの気持ちを知ってか知らずか、デレクはまるで幼い子供に言い聞かせるような口調で続けるのだった。

「どうせ僕たちの婚約は、仮のようなものだろ? 親同士の仲が良くてさ、どうせなら僕たちを婚約させればいいとか、そんなノリだったじゃん」

「…………」

「だから、どちらかに本気の恋の相手ができたら、いつでも婚約解消してもいいってお父様も言っていたし、ちょうどいいかなって」

 エルザとデレクとの婚約は、幼馴染みだったこともあり、軽い気持ちで決まった。

 それでも彼はエルザのことを大切にしてくれていたし、エルザもデレクに密かに思いを募らせていた。
 アカデミーで嫌なことがあっても、入学前にした彼との約束がエルザに安心感を与えてくれていたというのに。

「だからさ、僕と婚約解消して」

 笑顔で告げるデレクの姿に、それまで彼に対して募っていた感情が、一瞬でエルザの中から消えていくようだった。
 エルザは、はっきりとした声で返事をする。

「わかったわ。婚約解消しましょう」
< 1 / 41 >

この作品をシェア

pagetop