婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。

第12話 これも手紙のせい

 ミントは翌日の夕方ごろまでにどうにか引っこ抜くことができたが、まだ油断できない。ミントの根が少しでも残っていると、そこから生えてくる可能性があるのだ。ミントの生命力はなによりも強いから。

 そんなミント並に強い生命力がありそうなデレクから、また手紙が届いた。舞踏会のパートナーの断りの返事を送ったにもかかわらずに。

『エルザへ。今回だけでいいからパートナーになってくれない? 僕っていま人気者だから、下手に他の令嬢を誘うわけにはいかないんだ。その点エルザは元婚約者で、なおかつ恋愛対象には見えないから、僕のファンたちも許してくれると思うんだ。人気者の僕とパートナーになれるんだよ。嬉しいと思わない? 最近ファンレターが多くて大変な、デレクより』

 もちろん燃やした。すぐに燃やした。
 両親は激怒して、ビアサル侯爵家に抗議しに向かったが、さすがに今回はエルザも止めることはなかった。

(やっぱり、根から断たないと)

 ビアサル侯爵から忠告してもらえば、デレクからの手紙も届かなくなるだろう。



 今日は久しぶりの休日ということもあり、エルザは街に繰り出していた。
 パーティー用のドレスを注文するためだ。

 初夏に王宮にて行われるパーティーは、二部に分かれている。
 昼の部は庭園で咲き乱れる花々について語りながら、お茶会を楽しむガーデンパーティーだ。
 そして二部は、グランドホールで行われる舞踏会。

 婚約者や伴侶がいる者はパートナーと参加するのだが、一人でも参加することは可能だ。
 だがそれは男性の場合のみで、女性の場合パートナーがいないと悪目立ちをしてしまうこともあり、婚約者のいない未婚のレディは同伴者を探すのに躍起になっている。

(……お父様は仕事が忙しいからと、パートナーは断られたわ)

 エルザには年の離れた弟がいるけれど、彼はまだ舞踏会に参加できる年ではない。
 母はガーデンパーティーに参加すると言っていたけれど、舞踏会に父が参加できないのなら夜は辞退すると言っていた。
 エルザもできることなら舞踏会のほうには参加したくないけれど、母から参加するように強く言われている。良い縁談でも見つけて来いということだ。
 ここ一年、最低限のパーティーにしか参加していないから、母も娘の今後について心配なのだろう。ちなみにデレクは論外だと言われている。

 馬車に揺られながら着いたのは、普段から利用しているブティックだった。
 ブティックに入ろうとして、ふと隣の建物に目が行く。なぜかわからないけれど嫌な視線を感じたからだ。
 視線を向けた先にあるポスターを見て、エルザの予感は的中した。つい顔を顰めてしまう。

「……最悪だわ」

 ブティックに来るのは久しぶりだけれど、前までここに貼られていたのはなんの変哲もないポスターだった。
 それなのに、いま貼られているポスターは――。

『夏に爽快! サマースーツを爽やかに着こなす方法!』

 そんなキャッチコピーと共に、一人のモデルがポスターに描かれている。
 腰ほどまである長い緑色の髪はアップでひとつにまとめられていて、耳からうなじのラインが開いていてさらに涼しそうに見える。褐色の瞳は柔らかく細められていて、爽やかに微笑む姿はまさに夏に相応しい一枚だと言える。――が、エルザからすると最も目にしたくない顔だった。
 なぜなら、そのポスターのモデルは、エルザの元婚約者であるデレクなのだから。

 彼はローズマリーの服飾の事業のモデルであり、歩く広告塔としてここ一年活動している。
 ローズマリーは珍しく男性用の服飾業にも手を出していて、意外と好評だった。いままで男性向けの衣服は似たり寄ったりのものしかなかったからか、ファッションを気にする若い層から人気がある。
 デレクはスタイルがよく、爽やかな見た目には女性のファンも多い。そのため、近いうちに女性向けの小物なども販売される予定だともっぱらの噂だった。男性からのプレゼント用らしいけれど、流行りの物に目のない令嬢たちにとって格好の獲物だ。

(何がモデルよ! ただ顔が良くてスタイルがいいだけじゃない)

 ここ一年、あまり社交界に顔を出していない理由は温室の管理人が忙しいというのもあったけれど、一番の原因はこれだった。
 彼に対する気持ちはさっぱりなくなっているはずなのに、遠くからあの顔を見るだけでなぜか怒りが沸いてくるのだ。

(……はあ、これもあの手紙のせいだわ)

 気分を落ち着けるために、無性にハーブティーが飲みたくなった。
 予想外にたくさんのミントが手に入ったということもあり、帰ったらミントティーにしようか。
 そんなことを考えると、気持ちが楽になっていく。

(さっさとドレスを注文して、帰りましょう)
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