婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。

第16話 予想外のパートナー


 舞踏会の会場に入場する時、高位貴族だと名前が呼ばれることがある。
 エルザ一人なら呼ばれないが、侯爵家以上の人が同伴だと別だった。

「今日は、ありがとうございます」
「気にしないでください。これは、あくまでもあの方の命令なのですから」

 エルザの隣で前を見据えながら淡々とした言葉を発しているのは、バージウィル公爵家の次男である、エドウィンだった。
 どうして公爵家の子息とエルザが一緒に会場に入場しようとしているのか、それは数分前に遡った。


 化粧直しを終えたエルザが舞踏会会場の入口に着いたのは、入場が始まってから数分後だった。

(どうにか間に合ったわ)

 入口で入場係に名前を告げてから入場することになる。エルザは伯爵家だし、一人での入場なので名前が呼ばれることはないだろう。
 とりあえず列に並ぼうとしていると、そこにやつがやってきたのだ。

「やあ、待たせたね、エルザ。あれから何度も手紙を送ったのに返事がないからさ、もしかしたらエルザの元に届くまでに紛失しているといけないと思って、約束もあるし、ここで待ってたんだ」

 緑色の長い髪をなびかせたデレクは、いつもよりも派手に飾り立てている。着ているのはローズマリーのブランドの服だろうか。気に食わないことに、彼によく似合っていた。

(服に罪はないわ)

 エルザは表情筋をどうにか笑みの状態で張りつかせると、淡々と返した。

「……デレク……いいえ、ビアサル卿。どうかなさいましたか?」
「え、どうして他人行儀なの? 僕たち、幼馴染みだろ?」
「……婚約解消した時点で、ビアサル卿は他人ですから」

 エルザは感情を表に出さないように努めてそう答える。
 婚約解消した時点でデレクとの縁は無くなっている。いくら幼馴染みとはいえ、公の場で彼のことを名前で親しく呼ぶわけにはいかないし、呼びたくもない。

「はあ、エルザって意外と意地っ張りだよねぇ」
「用がないのでしたら、私はこれで失礼します」

 顔を合わせるのも嫌なのに、デレクの長話に突き合わされたくなかった。
 すぐさまここから逃げ出そうとした時、デレクがエルザの前に回り込んでくる。

「ねえ、待ってよ。どうせエルザもパートナーいないんだからさ、今日だけは僕と入場してくれない?」
「お断りですと、手紙で返事をしたと思うのですが」
「いやあ、何かの間違いかと思って。だってさ、たしかに僕たちは婚約解消したけど、それだけで関係が変わることはないだろ? 幼馴染みなんだし、僕が頼んでいるんだから一日ぐらいパートナーになってくれてもよくない?」
「申し訳ありませんが、お断りします。デレク卿でしたら、どの令嬢でも歓迎してくれると思いますので、他を当たってください」
「でもさぁ、もう何人も断っているからいまさら声を掛けられないよ。僕にも面子があるからさ。だから、お願い。エルザって、僕と婚約解消してから縁談もないみたいだから、誰にも迷惑をかけないと思うし、いいでしょ?」
「…………」
「ねえ、エルザ。本当にダメなの?」
「はい、お断りします」

 エルザはもう我慢の限界だった。人前で声を荒げるわけにはいかないから表情に出さないように努めているけれど、デレクの自分勝手さには呆れすら浮かんでくる。

「あなたのパートナーにはなりません。他を当たってください。それと、私の名前を気安く呼ばないでください。もう私とあなたはなんの関係もないのですから。それでは失礼します、ビアサル卿」
「え、待ってよ、エルザ」

 背を向けようとしたエルザの腕を、デレクが掴んできた。
 瞬間、頭に怒りが上りそうになったけれど、そんなデレクの腕を振り払うように間に割って入ってくる人物がいたおかげで、すぐに治まった。

「お話し中のところ失礼します。ミツレイ伯爵令嬢でお間違いなかったでしょうか」

 間に入ってきたのは、デレクほどではないけれど背が高く、鍛えているのがまるわかりのがたいのいい男だった。
 その顔を見て、エルザは驚いて息をするのも忘れそうになった。
 彼のことを、エルザは知っていた。直接的な知り合いではないけれど、遠くから彼のことを見たことがある。
 気圧されながらも、エルザは「はい」としっかりと返事をする。

 耳の辺りで刈り込んだ短髪に空色の瞳の男は、エルザの返事に満足したように頷くと、言葉を続けた。

「あるお方から、ミツレイ伯爵令嬢が困っていたら助けになってあげてほしいと仰せつかっています」
「あるお方とは、誰のことですか?」
「名前は明かせませんが、ミツレイ伯爵令嬢とはお知り合いだとか」

 そう言われても、思い出せない。
 少なくともこれほど高貴な男性と共通の知人がエルザにいただろうか。

「伯爵令嬢が元婚約者からの手紙に困っていると、あの方は言っていました。もし元婚約者に絡まれていたら助けてあげてほしいと。そして、可能であればパートナーになってあげてくれと」

 デレクに聞こえないように配慮しながら小声で伝えられた言葉に、エルザは驚愕する。

「で、でも、あなたは――!?」

 驚くエルザに、空色の瞳の男は表情を変えることなく続けた。

「私のことはお気になさらないでください。私はもうとっくにあのお方に忠誠を捧げた身ですから、あの方が望むのならどんなことをしたとしても、恥にはならないのです」
「で、ですが……」

 目の前にいるこの人は、エルザが気軽に声を掛けられる人物ではない。
 彼は、バージウィル公爵家の長男だ。バージウィル家は代々王族に仕える騎士の家系で、彼も例外ではなかった。

(確か、いまは第一王子殿下の側近だと聞いたわ。……でも、まさかあの方が第一王子殿下を指しているとは思えないし)

 第一王子とは面識がなかった。遠くから見たことがあるけれど、挨拶を交わしたこともないお方だ。

「あの方はこう言っていました。ダリ、とそう言えば伝わると」
「ダリさんのお知り合いなんですか!?」
「ダリさん?」

 エルザの言葉に、一瞬だけエドウィンの顔色が変わった。
 どこか剣呑な雰囲気を浮かべたけれど、すぐに無表情に戻る。

(あの時、ダリさんがパートナーを紹介しようかと言ってくれて、私は断ったけど……。探してくれてたんだ)

 それが、少し嬉しかった。

(まさかのバージウィル卿だというのは想像できなかったけれど。……ダリさんとは、どんな知り合いなんだろう)

 気になって問いかけようとしたが、痺れを切らしたデレクが声を上げるほうがはやかった。

「バージウィル卿。すみませんが、彼女は僕のパートナーになるんですよ」
「そうなんですか? 先ほどから見ていましたが、断るミツレイ伯爵令嬢にあなたが無理やり言い寄っているように見えたのですが」
「僕は彼女の元婚約者なんです。きっと照れているだけですよ。そうだよね、エルザ」

 同意を求めてくるデレクに、エルザの怒りは頂点に達しようとしていた。

(デレクのパートナーになるぐらいなら……!)

「バージウィル卿。今日だけパートナーになっていただけませんか?」
「もちろんです」
「え、エルザ? 僕は?」
「知りません。……バージウィル卿。本日はよろしくお願いします」

 こうして、突然のことだったけれどエルザはバージウィル公爵家の長男、エドウィンのパートナーとして会場に入場することになったのだった。
 この時、背後でデレクが「あとで話があるから」と喚いていたが、もうエルザには関係のないことだった。
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