婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。
第18話 婚約発表
「お集まりいただいた諸君に、喜ばしい知らせがある。この度、第一王子とマロリス公爵のローズマリー嬢との婚約が正式に決定した」
国王がそう宣言すると、ローズマリーが第一王子の隣に並んだ。
ローズマリーは優雅に礼をする。その所作は誰もが見惚れるほど洗練されていて、エルザもついうっとりと目で追ってしまった。
(やっぱり、ローズマリー様が次期王妃なのね)
きっと誰もが納得していることだろう。
男爵家から公爵家の養女になったローズマリーは、数々の成功を収めている。
その中でも、去年から始めた紳士服の事業が彼女の名声をより高めた。
ホール内に拍手の音が響く。それとともに、第一王子とローズマリーを祝福する声が溢れて、ホール内がより活気づく。
「おめでとうございます、殿下」
「おめでとうございます、ローズマリー様」
発表を終えた国王は、第一王子に声を掛けてから王族の席に戻っていった。
第一王子とローズマリーは二人並びながら、次々に挨拶してくる来賓に言葉を返しているようだ。
その様子を眺めていたエルザは、ふと視線を感じた。第一王子がこちらを見たような気がしたのだ。
ここからだと第一王子の顔はよく見えない。今日にいたっては前髪で瞳を覆うようにしていて、余計にわからない。
もともと第一王子は公の場にあまり姿を現さないことで有名だった。
ただの伯爵令嬢であるエルザは王子と会話をする機会もなく、遠くから顔を見た回数も片手で数えられる程度だろうか。
それでも王子の噂ぐらいは聞いたことがある。
詳しくはよくわからないけれど、王子と親交のある高位の貴族子息たちが会話をしていたのを耳にしたことがあるのだ。
影でコソコソと話していた噂は、若い貴族を中心に広まっていた。
曰く、王子は醜く、『クマ』みたいな顔だ。
『クマ王子だ』とか。
(でも見た感じ、熊っぽくはないのよね)
第一王子はここから見てもわかる通り、すらりとした体躯をしている。熊と言われるからにはもっと大柄でがたいのいい男を思い浮かべてしまうだろう。
どうして王子が『クマ』と呼ばれているのかはわからないけれど、彼の見た目には不釣り合いな気がした。
(身長はデレクやダリさんと同じぐらいよね。……あれ、そういえば……)
ふと何かを思い出しそうになった。何か重要なことをここ最近見たことがある気がしたのだ。
もう一度、第一王子の顔をよく見ようとしたが、二人を取り囲む貴族たちの姿に隠れてしまった。エルザの身長だと背伸びをしても覗けない。
どうしようかと悩んでいると、隣からもうすっかり忘れていた男の声が上がった。
「エルザ、話の続きをしたいんだけど」
婚約発表の騒ぎで忘れていたけれど、そういえばまだこの男がいたんだった。
デレクの話に興味が無くてよく覚えてないけれど、確か婚約解消がどうのこうのとか言っていた気がする。
いまさら一年も前のことを蒸し返して、どうしようというのか。
デレクを見ると、彼はどこか言いづらそうにしながらも、しっかりとこちらを見ていた。その口からとんでもない言葉が飛び出す。
「僕との婚約解消なんだけど、それを取り消してほしいんだ」
「……は?」
令嬢らしからぬすっとぼけた声が出てしまった。
一瞬何を言われたのかわからなかった。頭の中に疑問符が浮かぶエルザの前で、デレクが笑顔を浮かべている。
「エルザもそれを望んでいたでしょ? 僕と婚約解消してから縁談を断っていたって聞いて、そうなんじゃないかと思ったんだけど」
「…………」
「あの時の僕は早とちりしちゃってさ、エルザとの婚約を解消してしまったんだけど……。ほら、エルザも知ってると思うけど、ローズマリー様は政略結婚をすることになったから、僕との関係も終わってしまったんだ。モデルの仕事はまだ続けるつもりだけど、そろそろ実家にも帰ろうと思っていて……。でも最近、お父様からの手紙で婚約がどうのこうのとうるさく言われててさ、それならいっそのことエルザとの婚約を結び直したらいいんじゃないかと思ったんだ。僕って有名人になっちゃったから、他の令嬢も放っておいてくれないんだけどね。でもほとんどの令嬢は僕のこの顔か財産が目当てで、なぜか気が強い人が多いんだ。その点エルザは大人しくて、いつも僕のことを立ててくれていて、エルザとならもう一度やり直せると思ったんだ。さっきも言ったけど、ずっと待っていてくれていたエルザのためにも、そうした方がいいと思ったんだ。――ねえ、僕とまた婚約してくれる?」
エルザが何も言わないのをいいことに、一人で長々と語るデレク。
そのまったく悪びれる様子のない態度よりも、彼の言葉の節々から感じる侮りが、エルザの全身を震わせた。
婚約解消しようと言ってきたのは、デレクの方だ。
一年間エルザが婚約しなかったのは彼を待っていたのではなく、しばらく恋愛に関わらずに好きなことをして生きて行こうと思っていたからで、それはデレクと関係ない。彼のことなんて、手紙を受け取るまで忘れていたぐらいなのに。
デレクに対する気持ちは、アカデミーの卒業パーティーですべてなくなっている。
――そう思っていたのに。
エルザの内に湧き上がってきたのは、激しい怒りだった。
手紙をもらってからここ数日、ずっとくすぶり続けていたものが喉元を震わせる。
デレクに対するモヤモヤの正体に、エルザはやっと気づいた。
「……デレク」
エルザの呼びかけに、顔を輝かせながらこちらを向いたデレクの顔が、すぐにこわばった。
エルザはいま、自分がどんな顔をしているのかよくわかっていない。
だけどこれだけはわかる。
エルザは、いま笑っていない。
「もう、それ以上、ふざけたことを言わないで」
「……エルザ。でも、僕たちは約束しただろ、アカデミーを卒業したら結婚しようって」
「約束? あなたがそれを口にするの?」
目の前にいるデレクをにらみつける。
「あなたの方から婚約解消しておいて、昔の約束がなんだというの? もう一度婚約を結び直そうとか、そんな虫のいい話があるはずがないわ。私のことを、心のない人形だとでも思っているの? ……馬鹿にしないで」
「え、エルザ?」
困惑するデレクをよそに、エルザは言葉を続ける。
我慢なんて、もうできるはずもなかった。
「デレク。私は、一生あなたと婚約なんてしないわ。もう、こりごりよ」
デレクの言葉に流されてばかりのアカデミー時代のエルザではない。
いまのエルザにははっきりとやりたいことがあるのだ。
だからこそ、もう彼の言動に振り回されたくなかった。
呆然としていたデレクが、やっと言葉を絞り出す。
「……もしかして、拗ねてるの?」
「え?」
「エルザってそんなに僕のことが好きだったんだね」
国王がそう宣言すると、ローズマリーが第一王子の隣に並んだ。
ローズマリーは優雅に礼をする。その所作は誰もが見惚れるほど洗練されていて、エルザもついうっとりと目で追ってしまった。
(やっぱり、ローズマリー様が次期王妃なのね)
きっと誰もが納得していることだろう。
男爵家から公爵家の養女になったローズマリーは、数々の成功を収めている。
その中でも、去年から始めた紳士服の事業が彼女の名声をより高めた。
ホール内に拍手の音が響く。それとともに、第一王子とローズマリーを祝福する声が溢れて、ホール内がより活気づく。
「おめでとうございます、殿下」
「おめでとうございます、ローズマリー様」
発表を終えた国王は、第一王子に声を掛けてから王族の席に戻っていった。
第一王子とローズマリーは二人並びながら、次々に挨拶してくる来賓に言葉を返しているようだ。
その様子を眺めていたエルザは、ふと視線を感じた。第一王子がこちらを見たような気がしたのだ。
ここからだと第一王子の顔はよく見えない。今日にいたっては前髪で瞳を覆うようにしていて、余計にわからない。
もともと第一王子は公の場にあまり姿を現さないことで有名だった。
ただの伯爵令嬢であるエルザは王子と会話をする機会もなく、遠くから顔を見た回数も片手で数えられる程度だろうか。
それでも王子の噂ぐらいは聞いたことがある。
詳しくはよくわからないけれど、王子と親交のある高位の貴族子息たちが会話をしていたのを耳にしたことがあるのだ。
影でコソコソと話していた噂は、若い貴族を中心に広まっていた。
曰く、王子は醜く、『クマ』みたいな顔だ。
『クマ王子だ』とか。
(でも見た感じ、熊っぽくはないのよね)
第一王子はここから見てもわかる通り、すらりとした体躯をしている。熊と言われるからにはもっと大柄でがたいのいい男を思い浮かべてしまうだろう。
どうして王子が『クマ』と呼ばれているのかはわからないけれど、彼の見た目には不釣り合いな気がした。
(身長はデレクやダリさんと同じぐらいよね。……あれ、そういえば……)
ふと何かを思い出しそうになった。何か重要なことをここ最近見たことがある気がしたのだ。
もう一度、第一王子の顔をよく見ようとしたが、二人を取り囲む貴族たちの姿に隠れてしまった。エルザの身長だと背伸びをしても覗けない。
どうしようかと悩んでいると、隣からもうすっかり忘れていた男の声が上がった。
「エルザ、話の続きをしたいんだけど」
婚約発表の騒ぎで忘れていたけれど、そういえばまだこの男がいたんだった。
デレクの話に興味が無くてよく覚えてないけれど、確か婚約解消がどうのこうのとか言っていた気がする。
いまさら一年も前のことを蒸し返して、どうしようというのか。
デレクを見ると、彼はどこか言いづらそうにしながらも、しっかりとこちらを見ていた。その口からとんでもない言葉が飛び出す。
「僕との婚約解消なんだけど、それを取り消してほしいんだ」
「……は?」
令嬢らしからぬすっとぼけた声が出てしまった。
一瞬何を言われたのかわからなかった。頭の中に疑問符が浮かぶエルザの前で、デレクが笑顔を浮かべている。
「エルザもそれを望んでいたでしょ? 僕と婚約解消してから縁談を断っていたって聞いて、そうなんじゃないかと思ったんだけど」
「…………」
「あの時の僕は早とちりしちゃってさ、エルザとの婚約を解消してしまったんだけど……。ほら、エルザも知ってると思うけど、ローズマリー様は政略結婚をすることになったから、僕との関係も終わってしまったんだ。モデルの仕事はまだ続けるつもりだけど、そろそろ実家にも帰ろうと思っていて……。でも最近、お父様からの手紙で婚約がどうのこうのとうるさく言われててさ、それならいっそのことエルザとの婚約を結び直したらいいんじゃないかと思ったんだ。僕って有名人になっちゃったから、他の令嬢も放っておいてくれないんだけどね。でもほとんどの令嬢は僕のこの顔か財産が目当てで、なぜか気が強い人が多いんだ。その点エルザは大人しくて、いつも僕のことを立ててくれていて、エルザとならもう一度やり直せると思ったんだ。さっきも言ったけど、ずっと待っていてくれていたエルザのためにも、そうした方がいいと思ったんだ。――ねえ、僕とまた婚約してくれる?」
エルザが何も言わないのをいいことに、一人で長々と語るデレク。
そのまったく悪びれる様子のない態度よりも、彼の言葉の節々から感じる侮りが、エルザの全身を震わせた。
婚約解消しようと言ってきたのは、デレクの方だ。
一年間エルザが婚約しなかったのは彼を待っていたのではなく、しばらく恋愛に関わらずに好きなことをして生きて行こうと思っていたからで、それはデレクと関係ない。彼のことなんて、手紙を受け取るまで忘れていたぐらいなのに。
デレクに対する気持ちは、アカデミーの卒業パーティーですべてなくなっている。
――そう思っていたのに。
エルザの内に湧き上がってきたのは、激しい怒りだった。
手紙をもらってからここ数日、ずっとくすぶり続けていたものが喉元を震わせる。
デレクに対するモヤモヤの正体に、エルザはやっと気づいた。
「……デレク」
エルザの呼びかけに、顔を輝かせながらこちらを向いたデレクの顔が、すぐにこわばった。
エルザはいま、自分がどんな顔をしているのかよくわかっていない。
だけどこれだけはわかる。
エルザは、いま笑っていない。
「もう、それ以上、ふざけたことを言わないで」
「……エルザ。でも、僕たちは約束しただろ、アカデミーを卒業したら結婚しようって」
「約束? あなたがそれを口にするの?」
目の前にいるデレクをにらみつける。
「あなたの方から婚約解消しておいて、昔の約束がなんだというの? もう一度婚約を結び直そうとか、そんな虫のいい話があるはずがないわ。私のことを、心のない人形だとでも思っているの? ……馬鹿にしないで」
「え、エルザ?」
困惑するデレクをよそに、エルザは言葉を続ける。
我慢なんて、もうできるはずもなかった。
「デレク。私は、一生あなたと婚約なんてしないわ。もう、こりごりよ」
デレクの言葉に流されてばかりのアカデミー時代のエルザではない。
いまのエルザにははっきりとやりたいことがあるのだ。
だからこそ、もう彼の言動に振り回されたくなかった。
呆然としていたデレクが、やっと言葉を絞り出す。
「……もしかして、拗ねてるの?」
「え?」
「エルザってそんなに僕のことが好きだったんだね」