婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。
第27話 温室の調査
翌日。
エルザは、温室の訪問予定の確認のために本宮の廊下を歩いていた。
ここは王宮に勤める貴族の文官や騎士、使用人たちが多く行きかっているところだ。
昨日の出来事があったからか、廊下はいつもよりも騒然としていた。
漏れ聞こえてくる言葉から察するに、みんなの関心は第一王子の婚約者が毒に巻き込まれた事件のようだ。
エルザはローズマリーの安否を思うと、胸がギュッと苦しくなる。
(無事だといいけれど)
もしかしたら文官の父なら何か知っているのではないかと、昨日帰りを待っていたのだけれど、父は帰ってこなかった。忙しくて帰れないという連絡だけがあった。
「ああ、エルザさん。来たんだね。おはよう」
「おはようございます!」
事務官の気軽なあいさつに、エルザは笑顔に戻る。
事務官は父であるミツレイ伯爵の知人で、エルザとも面識があった。
「今日も温室に行くのかい?」
「はい」
「……そうか。今日は訪問者もいないし、早く帰ったほうがいいかもねぇ」
「え、どうしてですか?」
事務官はどこか言葉を選んでいる様子だったが、周囲を見渡してからエルザにそっと小声で問いかけてきた。
「昨日の騒動は知っているかい?」
「はい」
「それなら話が早い。これから温室に調査が入るみたいなんだ」
「調査ですか?」
どうしてだろうと首をかしげていると、事務官が小声で続けた。
「薬草の管理について調べるという話があった。巻き込まれると厄介だから、今日はもう帰ったほうがいいよ」
気を使って伝えてくれた言葉だったのだろうけれど、それを聞いた瞬間エルザの体は動いていた。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「あ、ちょっと、エルザさん!」
事務官に呼び止められるが、とにかく早く温室に向かわなければいけない。
早歩きで本宮の廊下を抜けると、温室に向かって走り出す。
(みんな、大丈夫かしら)
温室に着いた時には、もうすでに調査に来たと思われる騎士たちの姿と対面する庭師の姿があった。
どうやら温室の調査をしようとしていた騎士を、一人の庭師が止めているようだ。
よく見ると、それはジェイソンだった。
「どうしましたか?」
慌てて近づくと、ジェイソンを宥めていたジョセフがほっとした顔になる。
「管理人さん、待っていたよ」
「もしかして、管理人のミツレイ伯爵令嬢ですか?」
騎士の一人が前に出て、挨拶をする。
思った通り、王宮の近衛兵のようだ。
「温室の調査に来たのですが、こちらのご老人から邪魔をされて困っていたところです」
「俺を老人扱いするな」
ジェイソンはジョセフとよりも少し年上だけれど、庭師の生活で足腰を鍛えているから年齢よりも若く見える。だけど若い騎士からすると、祖父のような年代だ。
「我々は国王陛下の命令により、こちらに調査に参りました。これ以上邪魔をされると、実力行使に出なければいけませんので、管理人のあなたからも一言言っていただけないでしょうか?」
「温室を土足で踏み荒らす輩に、いくら脅されてもここはどかん」
「ジェイソンさん……」
ジェイソンは庭師としての仕事に誇りを持っている。
いくら相手が近衛騎士だろうとも、頑なに譲ろうとしない態度が、それを物語っていた。
それでも、国王陛下からの命令を受けている騎士たちにそれは通用しない。
ここで下手に抵抗すると、平民のジェイソンは簡単に捕まってしまう。
(ここは、管理人の私がしっかりしなくちゃ)
「花壇に足を踏み入れたり、植物を傷つけたりしないと約束できるのなら、調査しても構いません」
「もとからそのつもりです。なにせ、ここの温室の植物は王宮所有のものですから」
騎士の言うことはもっともだ。
それでも、世話をしている庭師のプライドはあるから、ジェイソンは抵抗したのだろう。
「ジェイソンさんも、それでいいですよね?」
「……ふんっ。管理人さんがそういうのならな」
まだ納得はできてないようだけれど、さすがのジェイソンもこれ以上抵抗したら分が悪いと思ったのだろう。
「だが、ひとつでも植物に傷をつけたら、許さないからな」
「……善処します」
ジェイソンの言葉に、近衛騎士はため息をつきながらも応対した。
ジェイソンは厳しい目つきで彼らの様子を見ている。
調査するのは主に毒草を取り扱っている温室のようだった。
入り口の鍵を開錠すると、騎士たちが中に入っていく。
さすがにこの温室はエルザも入ったことがないので、見守っていることしかできない。
そして数十分後――。
中から出てきた騎士たちの表情は険しかった。
彼らはぼそぼそと会話をしていたかと思うと、鋭い瞳でエルザの元にやってくる。
「ここの温室を管理しているのは、ミツレイ伯爵令嬢で間違いありませんよね?」
管理人として返答しようとすると、それよりも早くジェイソンが答えた。
「俺だ。管理人さんはその温室に入ったことはない」
ジェイソンの言うことは本当だった。
毒性のある植物を育てているからと、ジェイソンからは頑なに入らないように言われていた。
「そうですか。では、あなたに調査にご協力いただきましょうか」
「協力? なぜだ?」
「調査の結果、植物の数が足りなかったのです。それも――」
騎士が告げたのは、根に神経毒をもつ植物の名前。
「そんなはずは……」
ジェイソンの顔が曇る。
「それではご同行願えますね?」
「あの、私も一緒に」
「管理人さんは、この温室の植物については知らんだろう。だから来るだけ余計だ」
「でも、私はここの責任者です」
なおも食い下がるエルザに、ジェイソンは告げる。
「たった一年、管理人をやっただけで俺らの代表面をするな。お嬢さんがいても、役に立たないから無駄だ」
「……でも」
「俺は、おまえの指示には従わん」
はっきり告げるジェイソンの言葉に、エルザは一瞬目の前が暗くなった。
(一年は経って、少しは信頼関係が築けたと思ったのに……)
「話はまとまりましたか?」
騎士が割って入ってくる。その顔は少し同情しているようでもあった。
「ああ。もう行っても構わん」
「それでは、ご同行をお願いします。――ミツレイ伯爵令嬢も後から話を聞かなければいけないかもしれませんので、今日はこのまま管理人室でお待ちください。」
ジェイソンは特に抵抗もなく、騎士たちに連れて行かれてしまった。
それを見ていることしかできなかったエルザは、励ましてくるジョセフやロニーたちにから返事をしながらも、彼の無事を祈っていることしかできなかった。
エルザは、温室の訪問予定の確認のために本宮の廊下を歩いていた。
ここは王宮に勤める貴族の文官や騎士、使用人たちが多く行きかっているところだ。
昨日の出来事があったからか、廊下はいつもよりも騒然としていた。
漏れ聞こえてくる言葉から察するに、みんなの関心は第一王子の婚約者が毒に巻き込まれた事件のようだ。
エルザはローズマリーの安否を思うと、胸がギュッと苦しくなる。
(無事だといいけれど)
もしかしたら文官の父なら何か知っているのではないかと、昨日帰りを待っていたのだけれど、父は帰ってこなかった。忙しくて帰れないという連絡だけがあった。
「ああ、エルザさん。来たんだね。おはよう」
「おはようございます!」
事務官の気軽なあいさつに、エルザは笑顔に戻る。
事務官は父であるミツレイ伯爵の知人で、エルザとも面識があった。
「今日も温室に行くのかい?」
「はい」
「……そうか。今日は訪問者もいないし、早く帰ったほうがいいかもねぇ」
「え、どうしてですか?」
事務官はどこか言葉を選んでいる様子だったが、周囲を見渡してからエルザにそっと小声で問いかけてきた。
「昨日の騒動は知っているかい?」
「はい」
「それなら話が早い。これから温室に調査が入るみたいなんだ」
「調査ですか?」
どうしてだろうと首をかしげていると、事務官が小声で続けた。
「薬草の管理について調べるという話があった。巻き込まれると厄介だから、今日はもう帰ったほうがいいよ」
気を使って伝えてくれた言葉だったのだろうけれど、それを聞いた瞬間エルザの体は動いていた。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「あ、ちょっと、エルザさん!」
事務官に呼び止められるが、とにかく早く温室に向かわなければいけない。
早歩きで本宮の廊下を抜けると、温室に向かって走り出す。
(みんな、大丈夫かしら)
温室に着いた時には、もうすでに調査に来たと思われる騎士たちの姿と対面する庭師の姿があった。
どうやら温室の調査をしようとしていた騎士を、一人の庭師が止めているようだ。
よく見ると、それはジェイソンだった。
「どうしましたか?」
慌てて近づくと、ジェイソンを宥めていたジョセフがほっとした顔になる。
「管理人さん、待っていたよ」
「もしかして、管理人のミツレイ伯爵令嬢ですか?」
騎士の一人が前に出て、挨拶をする。
思った通り、王宮の近衛兵のようだ。
「温室の調査に来たのですが、こちらのご老人から邪魔をされて困っていたところです」
「俺を老人扱いするな」
ジェイソンはジョセフとよりも少し年上だけれど、庭師の生活で足腰を鍛えているから年齢よりも若く見える。だけど若い騎士からすると、祖父のような年代だ。
「我々は国王陛下の命令により、こちらに調査に参りました。これ以上邪魔をされると、実力行使に出なければいけませんので、管理人のあなたからも一言言っていただけないでしょうか?」
「温室を土足で踏み荒らす輩に、いくら脅されてもここはどかん」
「ジェイソンさん……」
ジェイソンは庭師としての仕事に誇りを持っている。
いくら相手が近衛騎士だろうとも、頑なに譲ろうとしない態度が、それを物語っていた。
それでも、国王陛下からの命令を受けている騎士たちにそれは通用しない。
ここで下手に抵抗すると、平民のジェイソンは簡単に捕まってしまう。
(ここは、管理人の私がしっかりしなくちゃ)
「花壇に足を踏み入れたり、植物を傷つけたりしないと約束できるのなら、調査しても構いません」
「もとからそのつもりです。なにせ、ここの温室の植物は王宮所有のものですから」
騎士の言うことはもっともだ。
それでも、世話をしている庭師のプライドはあるから、ジェイソンは抵抗したのだろう。
「ジェイソンさんも、それでいいですよね?」
「……ふんっ。管理人さんがそういうのならな」
まだ納得はできてないようだけれど、さすがのジェイソンもこれ以上抵抗したら分が悪いと思ったのだろう。
「だが、ひとつでも植物に傷をつけたら、許さないからな」
「……善処します」
ジェイソンの言葉に、近衛騎士はため息をつきながらも応対した。
ジェイソンは厳しい目つきで彼らの様子を見ている。
調査するのは主に毒草を取り扱っている温室のようだった。
入り口の鍵を開錠すると、騎士たちが中に入っていく。
さすがにこの温室はエルザも入ったことがないので、見守っていることしかできない。
そして数十分後――。
中から出てきた騎士たちの表情は険しかった。
彼らはぼそぼそと会話をしていたかと思うと、鋭い瞳でエルザの元にやってくる。
「ここの温室を管理しているのは、ミツレイ伯爵令嬢で間違いありませんよね?」
管理人として返答しようとすると、それよりも早くジェイソンが答えた。
「俺だ。管理人さんはその温室に入ったことはない」
ジェイソンの言うことは本当だった。
毒性のある植物を育てているからと、ジェイソンからは頑なに入らないように言われていた。
「そうですか。では、あなたに調査にご協力いただきましょうか」
「協力? なぜだ?」
「調査の結果、植物の数が足りなかったのです。それも――」
騎士が告げたのは、根に神経毒をもつ植物の名前。
「そんなはずは……」
ジェイソンの顔が曇る。
「それではご同行願えますね?」
「あの、私も一緒に」
「管理人さんは、この温室の植物については知らんだろう。だから来るだけ余計だ」
「でも、私はここの責任者です」
なおも食い下がるエルザに、ジェイソンは告げる。
「たった一年、管理人をやっただけで俺らの代表面をするな。お嬢さんがいても、役に立たないから無駄だ」
「……でも」
「俺は、おまえの指示には従わん」
はっきり告げるジェイソンの言葉に、エルザは一瞬目の前が暗くなった。
(一年は経って、少しは信頼関係が築けたと思ったのに……)
「話はまとまりましたか?」
騎士が割って入ってくる。その顔は少し同情しているようでもあった。
「ああ。もう行っても構わん」
「それでは、ご同行をお願いします。――ミツレイ伯爵令嬢も後から話を聞かなければいけないかもしれませんので、今日はこのまま管理人室でお待ちください。」
ジェイソンは特に抵抗もなく、騎士たちに連れて行かれてしまった。
それを見ていることしかできなかったエルザは、励ましてくるジョセフやロニーたちにから返事をしながらも、彼の無事を祈っていることしかできなかった。