婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。

第35話 罪


 公爵令嬢毒殺未遂事件の犯人が、温室の関係者だということが王宮内で徐々に広まりつつあった。
 まだ調査の段階で、犯人だと断定されているわけではないが、知る人が聞けば誰なのかわかってしまう噂だ。

 エルザが捕まったというのは公にはなっていないはずだ。
 どこから情報が漏れたのか。それとも、誰かが意図的に流したのか。

 ダリウスはその噂が聞こえてくるたびに、奥歯を噛み締めた。

(これが、あなたのやり方なのか)
 
 もう迷ってはいられないと、ダリウスは貴族牢に急いだ。
 王宮内にある騎士団の詰所のすぐそばに、その建物はある。
 容疑者が貴族の場合、あくまでも一時的に隔離しておくための場所。

 エルザの罪を晴らすために、ダリウスは詰所を訪れた。
 そこで、ランドルフがやってきていることを知ったのだ。
 騎士団にも派閥がある。王宮内の警備を任されている騎士団の総責任者は、レミンティーノ大公――ランドルフだ。
 騎士はダリウスの登場に渋ったものの、ダリウスは護衛のエドウィンと共にほぼ無理やり押し切る形で貴族牢に突入した。 

 そこで久しぶりに見るエルザの姿に安堵しながらも、ダリウスは目の前にいる人物と向かい合った。

「叔父上の罪を告発しにきたんだ」

 その言葉に、ランドルフは大きく目を見開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
 叔父として、甥っ子を見つめる落ち着いた穏やかな笑み。
 その笑みからは、悪意をまったく感じない。

「私に罪ですか? はて、いったいなんのことでしょうか?」

 ダリウスにとってランドルフは親しみのある叔父だ。
 十三年前の事件から、ダリウスはほとんど夜に眠れなくなり、他者を信じられなくなった。
 それまで親しくしていた叔父からも距離を取るようになったが、ランドルフはダリウスの冷たい行動にも眉を顰めることなく、優しく接してくれた。
 
 いまと変わらない表情の裏に、悪意を隠しているとも知らずに。

「今回の毒殺未遂事件の犯人を明らかにする前に、十三年前の事件について問いかけたい。あの事件、裏で動いていたのは、叔父上――いや、大公、あなただな?」

「ふ、ははっ。いったい何を言い出すのかと思えば……。あの事件の犯人は、当時の第二王妃ではありませんか。彼女は、王位を狙ってあなたを手にかけようとしたのですよ」

 毒を盛ったのはオリビア本人だ。それは変わらない。
 だが、それを唆した人物がいる。

 目の前にいる、ランドルフだ。
 オリビアの日記に、彼の名前が書かれてあった。
 
 オリビアがどんな弱みを持っていたのかまでは分かっていない。
 彼女は自分の身よりも、息子であるラヴェンの身を案じているようだった。
 彼女の隠していた秘密が、ラヴェンを破滅に導くかもしれない不安。 
 そこにつけこまれたのだ。

「ここに第二王妃の日記がある」

 ダリウスが日記を掲げると、ランドルフの眉が寄った。

「ここには第二王妃が何者かから脅されている文面が書かれていた。彼女自身が隠している秘密があり、それを知られたらラヴェンの身が危ないともな」
「おや、脅されているとは知りませんでしたな」
「とぼけても無駄だ。この日記には、はっきりと第二王妃を脅したのはレミンティーノ大公――あなただと書かれているんだ」
「ふむ。殿下を殺そうとした女のことです。おそらく、日記には嘘が書かれているのではありませんか?」
「それは、オレも疑った。だが、ほかにも証拠が出てきたんだ」
「……証拠?」

 ランドルフの声色が僅かに変わった。

「これだ」

 ダリウスが掲げたのは、数枚の紙だった。
 一枚一枚であれば大した情報ではないけれど、数枚が合わさるとひとつの情報を提示してくれる。

 もう十三年前のものだ。インクがすれていたり、ちゃんと読めないものが混じっていてもおかしくはないのだが、それらの紙は不思議と綺麗に保存されている。
 いや、綺麗というにはいささか間違いがあるかもしれない。
 それらの紙は一度細かく破かれたり燃やされた後に、修復された痕がある。
 人の力ではなく、固有能力によるものだろう。

「この書類には商団との取引記録が書かれている。下段に書かれているのは、十三年の事件で使われた毒草の名前だ。購入者は、男爵となっているな」

 ローズマリーの生家と言われている男爵家の名前だった。
 さすがにランドルフが直接毒を買ったという証拠は見つかっていない。
 だが――。

「こっちの書類には、男爵家がとある伯爵家に贈った贈与品のリストが書かれていて、毒草も含まれている」

 十三年前の事件で使われたのは、根に毒を持つ毒草だった。
 その毒草は、根に毒があるのが信じられないほど大きく可憐な花を咲かせた。
 その花の部分は観賞用としても用いられていたので、花を贈ること自体はおかしいことではないが、毒があると知っている人からは疎まれている花でもある。

「そしてこっちは、伯爵家で行われたパーティーの招待状と、そこに書かれた参加者のリストがある。どうやら伯爵家では国内外問わず多くの花を取り寄せててパーティーを開いたらしい。男爵家もそのパーティーに参加していたとある」

 伯爵家のパーティーでは、集められた花が贈り物として参加者たちに配られた。
 皆が思い思い好きな花を選んだと書かれている。そしてその花がどこの誰に贈られたのかも、詳細に記載されていた。

「ここに伯爵家の印章が押されているから偽造ではない、れっきとした帳簿だ」
「……それが、私と関係あるのでしょうか?」

 ランドルフは変わらないにこやかな笑顔を浮かべているが、蛇のような瞳がひとつも見逃すまいと見据えている。

「ああ。男爵家から贈与された毒草を、パーティーに参加していた大公夫人が受け取ったと書かれているな」
「妻は綺麗な花が好きですから、きっと一目惚れをしたのでしょう」
「そうかもしれない。だが、十三年前、大公家に毒草が渡ったのは紛れもない事実だ」

 大公家に渡った毒草が、十三年前の毒殺未遂事件で使われた。

「そもそも十三年前の事件で、なぜ第二王妃が毒草を所持していたのか。調査資料に詳しく書かれていなかった」

 昨日、ダリウスは十三年前の事件の調査資料を読んだ。
 そこにはオリビアが毒を入手した経路は分かっていないと書かれていた。オリビアが死んだため、聞き出せなかったのだろうと思ったのだが――。
 彼女ではない第三者が毒を用意したとなれば、辻褄が合う。

 ローズマリーが保存していた数枚の書類と、オリビアの日記。
 それらを照らし合わせれば、おのずと毒草を入手した人物が浮かび上がってくる。

「毒草を入手して第二王妃に渡し、オレを毒殺するように仕向けた犯人は、あなただ」

 短い静寂だった。それがやけに長く感じた。
 ランドルフがゆっくりと俯き、再び顔を上げる。
 その顔に表情はなかった。

「……処分したはずの書類が、いったいどこから出てきたのやら」

 その言葉は自分の行いを認めているようなものだった。
 ランドルフとしても不思議なのだろう。
 粉々に破いたり、燃やして捨てたはずの書類が、なぜ復元されてここにあるのか。

「認めるのだな」
「……毒草を入手したことは認めましょう。ですが、毒殺しようとした犯人は私ではなく、あの女ですよ」
「……」
「それにしても不思議ですね。その書類がどこにあったのか教えていただいても?」
「これは、ある人の固有能力により復元されて保存されていたものだ」
「固有能力、ですか?」

 ランドルフは考える素振りを見せた。

(どうやら能力を偽っていたというのは本当のようだな)

 彼は彼女の能力を知らない様子だ。

(こうして見ると、僅かにだが似ているな)

 ダリウスはここにはいない少女の姿を思い浮かべる。
 桃色の髪も瞳も何ひとつ似ている要素はないはずなのに、仮面のような笑みが似ているような気がした。

 ランドルフに告げる。

「この書類を復元して保存していたのは、あなたが手塩にかけて育てていたという雛――ローズマリー・マロリス公爵令嬢……。あなたの実の娘だ」
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