婚約解消されたので温室の管理人になったら、眠れない王子の居眠り番になりました。
第二章 ミントですっきりお別れを

第9話 こういう時はミントティーに限る

「ねえ、デレク。昨日、お祖母様の家で、ミントを収穫してきたのよ! いまから一緒にお茶しない?」

 幼いころ領地から戻ってきたエルザは、幼馴染みのデレクに籠一杯に摘んだミントを見せた。
 きっとこれを見たデレクもすごいと褒めてくれて、喜んでくれるはずだ。そう思ってのことだったのだけれど、デレクの反応はエルザの予想と違っていた。

「え、なにそれ、草?」
「ただの草じゃないのよ。ミントと言って、頭をすっきりさせたいときとか、食後の胃もたれに効くハーブなのよ。お祖母様が言ってたわ」
「ええー。でも、ただの草でしょ? それを飲むのはいやだなぁ」

 デレクは眉を顰めてそう言った。
 いくらエルザがミントのすばらしさを力説しても、彼は聞く耳を持ってくれなかった。

 十歳の頃に祖母が亡くなってからは、領地に行くこともなくなった。
 エルザは両親に邸宅でハーブを育ててもいいか相談して、父は賛成してくれて母は貴族令嬢が手を土で汚すことに反対したため叶わなかった。

 デレクも土いじりをしたいと愚痴をこぼすエルザに苦笑して、僕の婚約者ならそんなことをしないでほしいと言ってきたから、泣く泣く諦めたのだ。
 あの頃はデレクに淡い恋心を抱いていたし、彼がしないでほしいということはやらない方がいいと思っていたから。

 貴族令嬢として上品に。 
 ただでさえ同じ年頃の令嬢より身長が小さく、貴族なのであればあって当然の固有能力も開花できない落ちこぼれなのだ。
 だからデレクが求めるのであれば、好きなハーブは我慢しよう。
 そう思っていたのだけれど――。


 一年前、デレクから突然告げられた、婚約解消。
 それにより彼に対する気持ちは、なぜかわからないけれどきれいさっぱりなくなってしまった。
 それから父に勧められるまま温室の管理人になり、穏やかな日常を送っていたはずだったのに――。

『エルザへ。初夏のパーティーで、僕のパートナーになってくれない? 僕と婚約解消してから縁談もないって聞いてるから、大丈夫だよね? たまに君のことが懐かしく思う、元婚約者のデレク・ビアサルより』

 涼しい春が駆け足気味に通り過ぎ、ジメジメとした梅雨も終わりかけたある日、ミツレイ家に届いた一通の手紙。
 その手紙の内容のせいで、エルザはモヤモヤと頭を抱えていた。

(婚約解消したくせに、パーティーのパートナーって何?)

 てっきりデレクは、ローズマリーのパートナーとして参加すると思っていたから、この誘いは予想外だった。
 ローズマリーは公爵令嬢でエルザの一つ年上だけれど、婚約者がいないと聞いている。確か噂では、第一王子の婚約者候補だとか。
 そんなこともあり、舞踏会などのパーティーには事業の宣伝も兼ねてデレクと参加していると聞いた。

 だから今回もそうなのだと思ったのだけれど、どうやらローズマリーからは断られたみたいだった。
 それで白羽の矢が立ったのが、元婚約者であるエルザなのだろう。

「ふざけてるわ」

 結婚直前で婚約解消したのは、どこの誰なのか忘れたのだろうか。
 ぐしゃっと手紙を握りしめる。
 すぐにハッとして、手紙を伸ばしてもう一度内容を確認する。

 さすがにこういう手紙にはちゃんと返事をしないと、勘違いされても困る。
 だからもう一度内容を改めて――再び、手紙をぐしゃっと握りしめた。
 手紙からはどこからどう読んでも、エルザなら喜んでくれるよね、的な感情が透けて見える。

「断りの手紙を書かないと」

 両親からも、デレクの誘いは断ってくれてもいいと言っていた。内容が内容なので一度確認のためにエルザに渡されたが、二人とも顔を真っ赤にして怒っていた。
 いまにもビアサル侯爵家に抗議に行きそうな雰囲気を感じたから手紙を受け取ったけれど、読んで後悔してしまった。

(返事を書いたら、この手紙は燃やしましょう)

 そしてミントティーを飲もう。
 こういう時はミントティーに限るから。
 すっきりして、こんな嫌な手紙のことなんて忘れるのが一番だ。
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