隠れ溺愛婚~投資ファンドの冷徹CEOは初恋の妻を守りつくす~

初恋の人

 ぼんやりと電車に揺られていた茉結莉は、アナウンスの声にはっと顔を上げる。
 馴染みのある駅名に、慌てて立ち上がるとホームへと駆けだした。

 あの後、社長室を出た茉結莉は、事務室に戻る気になれず、気がつけば電車に飛び乗っていた。
 そして、どこへ行く当てもなかったのに、今は第一工場の跡地の前に立っている。

「結局ここに来ちゃった」

 茉結莉ははぁと大きくため息をつくと、だだっ広い更地を見ながらその場にへたり込む。
 頭に浮かぶのは、さっきまでの父との会話だ。


「先方の代表って、誰なの……」

 押し殺したような茉結莉の声に、父は下げていた頭をようやく上げた。

「ミサゴファンドのCEO、三砂 慶一郎(みさご けいいちろう)さんだよ」

 唐突に告げられたその名前に、茉結莉は再び目を見開くと、バンッとデスクに手を置く。

「ミサゴファンド!? あの、利益のためには手段も選ばないと言われるミサゴファンドに、会社を売るっていうの!?」

 茉結莉はさらに父に噛みつかんばかりに詰め寄った。

「経営難の中小企業ばかりを狙って買い漁る“町工場(まちこうば)の敵”だなんて言われる会社だよ! どうしてミサゴなのよ!」

 茉結莉の叫び声は、静まり返った室内に響き渡る。
 でもそれ以降、父は一切口を開かなかったのだ。
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