明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、お願いいたします

 玲子は裁縫道具を整えると、一将に背を押されるように、藤堂家の書斎へと向かった。
 扉の前でひとつ深呼吸をして、静かにノックする。

「どうぞ」

 将吾の声に促されて扉を開けると、書斎の中では将吾と尚文が肩を並べて書類を眺めていた。
 ふたりの姿を見た瞬間、玲子の胸が少しだけ緊張で高鳴る。

「玲子殿? 何かあったか?」

 将吾の普段、鋭い瞳が優しく弧を描く。
 尚文も、書類から顔を上げ、にこやかに笑いかけてくる。

「なにか頼みごとかな?」

 玲子はきゅっと両手を胸の前で組み、少し戸惑いながらも、勇気を出して口を開いた。

「……あの、ほんの少しだけ、お暇をいただきたいのです。町に……お買い物に行きたくて……」

「買い物?」と将吾が反応する。

「はい。一将様の羽織紐を選びたくて……。わたくしの我が儘で、申し訳ありません」

 一瞬の沈黙。
 将吾の顔には、わずかに影が落ちた。
 けれど、それはすぐに真面目な表情の下に隠される。

「町にか……今はまだ不用意に出歩かない方が……」
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