明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、街へ買い物に行きます

 尚文と連れ立って町へ出た玲子の足取りはウキウキと軽く、目を輝かせながら店先を眺めていた。
 暖簾の揺れる呉服屋、色とりどりの小物を並べた小間物屋。
 普段なら見過ごしてしまうような小さなものさえも、今の玲子には宝物のように映る。

「わあ……見てください、尚文様。あの店の前掛け、柄がとても可愛らしいです」

「ほんとだね。玲子君には、こういう柔らかい色がよく似合いそうだ」

 くすぐったくなるような言葉に、玲子は頬を染めて、はにかんだように笑った。
  町ゆく人々のざわめきと行き交う人波に紛れて、ふたりの世界が静かに息づいている。

 そんな折、表通りから少し奥に入った小間物屋に足を踏み入れた。

「この店なら、玲子君のお目当ての物が揃っているはずだよ」

「わぁ、楽しみです」

 店へ入ろうとした時だった。
 ふいに尚文がふと立ち止まり、玲子の方へ向き直る。

「悪い、ちょっと寄っておきたい店があるんだ。すぐ戻るから、この店で待っててくれる?」

 瞬間、玲子は驚き目を見開いた。けれど、不安そうな素振りは見せず、柔らかく微笑んで首を縦に振る。

「はい、大丈夫です。お気をつけて。……あの、ゆっくりで構いませんから」

 ふわりと笑った尚文が、軽く手を振って路地の方へと足を向けた。
 その時だった。

『尚文、待て! おぬし、玲子殿から目を離すでないぞ!』

 一将の声が通りのざわめきに紛れ、尚文には届かない。
 
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