明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、乗り込みます

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「榊原百合絵……」

 尚文も表情を強張らせた。

「まさか、継母が!」

「馬車が通れる道なら限られている!」

 二人は顔を見合わせた次の瞬間、駆け出していた。
 将吾の軍靴が石畳を激しく打ち、尚文も負けじと並走する。
 街はずれまで来たところで、ハァハァと、息が切れ立ち止まった。

「どこへ連れて行かれた……?」

「これ以上は遠くには行っていないはずだ!」

「どこかで馬車を降りて、裏通りに入ったんだろう」

「そうだな……」

 将吾は記憶をたどりながら、小道をひとつひとつ走り抜けていく。
 商店の合間を縫うような路地、人目を避けるにはもってこいの細道。
 だが、そこに玲子の姿はない。あたりは静かで、時折遠くから荷馬車の車輪の音が響くばかりだった。

「ねえ、ちょっと! そこのキミ」

 尚文がふと、すれ違った少年に声をかけた。
 呼び止められた少年は、キョトンとした顔で、「ぼく?」とでも言うように自分自身を指さした。尚文は頷きながら近づく。

「このあたりで、派手な着物を着た女と、細めの女の人が馬車から降りて、歩いていくのを見なかった?」

「……あ、 さっきあっちの空き家の方に、女の人が連れて行かれてたの見たよ。背の高い怖そうなお兄ちゃんもいた」

「空き家……案内してくれ!」

 尚文が硬貨をひとつ少年に渡すと、少年はうなずいて走り出した。
 二人は少年の後を追いながら、口をきつく結ぶ。
 将吾は、町の外れにある廃屋を思い浮かべていた。かつて質屋だったが、数年前に店を畳んでからは人の気配がない。
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