明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、優しい時間

 憲兵隊にならず者たちを引き渡し、廃屋の外に出たとき、陽はすでに傾きかけていた。
 茜色の空が、まるで今にも夜に飲み込まれそうな気配をまとっている。
 将吾はそっと玲子の肩に羽織をかけ、抱き寄せるようにして歩き出す。
 歩幅を合わせるために、わずかに身をかがめ、靴音さえ気にならぬほど静かに、慎重に歩を進めていた。
 まるで、かすかな風にも吹き飛ばされてしまいそうな彼女の細い身体を、どうにかして守ろうとするように。
 尚文も隣を黙って歩く。
 だがその手には、しっかりと包まれた紙袋が握られていた。



 藤堂の屋敷に帰り着いたとき、知らせを受けていた女中たちは安堵と驚きに顔をこわばらせながらも、真っ先に玲子へ駆け寄った。

「お嬢様……!」

「ああ、よかった、本当によかった……!」

 玲子はやっとの思いで微笑みながら、わずかに首を横に振る。
 そして、そのまま座敷へと通され、女中たちの手によって、羽織りを脱がされると、ほっと息を吐いた。
 手首には、縛られた縄の痕跡で、赤くなっている。

 そのときだった。
 将吾が、女中たちに向かって少し声を荒げる。

「用意した湯は熱すぎないだろうな? 薬も用意しろ!」

「はいっ!」

「食事はお粥だけでいい。胃に負担がかからない物にしろ。あと……着替えの着物は肌触りのいいもので。いいな?」

「は、はいっ!」

「布団は、温めてあるんだろうな?」

「し、承知しております、将吾様……!」

 女中たちは一斉に頭を下げ、わらわらと部屋を出て行った。
 その様子を見て、尚文が小さく吹き出す。

「……お前なあ、まるで過保護な父親だよ」

「当然だ。どれだけ焦ったか……本当に無事に救い出せて良かった……」

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