明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

再会

 翌日。
 山道を抜け、木々の葉が風に揺れる音だけが響く静けさの中、一行は歩を進めていた。

 先頭には将吾、その後ろに尚文、そして遅れて榊原隆之が足を引きずるようにしてついてくる。その目は深く沈んでおり、誰の声にも反応を返さない。藤堂家の者が手配した案内人が、懐中時計で時刻を確かめながら、古びた山小屋の裏手へと誘導する。

 そこに、庚申塔はあった。

 庚申塔は苔むし、傾きかけていた。塔のすぐ横、木々の陰に隠れるようにぽっかりと口を開けた井戸跡が残されていた。今では石で蓋がされ、草が生い茂っているが、確かにここが人目を避けるには絶好の場所だった。

「ここです」

 案内人の言葉に、将吾と尚文が無言で頷き、用意された器具を使って蓋を慎重に持ち上げる。中から立ち上る空気は湿り気を帯び、長い年月の重みを静かに物語っていた。

 しばしの沈黙の後、隆之が一歩、井戸の傍へと歩み出る。

「……千賀子……ここに……」

 その手が震えながら、井戸の縁に触れた。

「すまなかった……お前を信じなかった……」

 かすれるようなその声は、ただ風に消えていったが、彼の胸からは抑え切れない嗚咽が漏れていた。

 玲子がその場に居たなら、きっと胸を締めつけられるような光景だっただろう。だが今、代わりに将吾と尚文が見守っていた。

「調査はこれからですが……一つでも遺留品が見つかれば、きっと玲子君にも真実を伝えられます」

 尚文の言葉に、将吾は静かに頷く。

「すべてを終わらせてやらなければな……玲子殿のためにも」

 その言葉に続くように、隆之が目を閉じ、静かに手を合わせた。

 どこかで鳥が鳴いた。雲が流れ、わずかに陽が射す。

 長く、長く閉ざされていた闇に、ようやくひと筋の光が差し込んだのだった。
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