明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、告白します

 榊原隆之が玲子を訪ねた夜。
 将吾が屋敷に戻ると、玄関にほのかな灯りがともっていた。

「おかえりなさいませ、将吾様」

 迎えに出たのは、普段よりも少しだけかしこまった様子の玲子だった。

「遅くなったな。……何かあったか?」

 着替えもそこそこに書斎へ向かおうとする将吾の背に、玲子がそっと声をかける。

「……今日、父が……榊原隆之が、屋敷に訪ねてきました」

「なんだって……? 玲子殿に、また何か……?」

 眉間に険が走る将吾に、玲子は慌てて首を横に振った。

「いえ……違うんです。今日は、謝罪に来てくださいました。お母様のこと……そして、わたくしにしてきたことを、父様は涙を流して謝ってくれました」

 玲子の声は、どこか静かで、けれど芯のある強さが宿っていた。
 将吾は、しばらく無言のまま彼女の言葉を受け止めていた。やがて、そっと歩み寄る。

「……そうか。話す機会があって、良かったな」

 その短い一言に、玲子の胸がじんと温かくなる。

「はい。きっと、お母様が背中を押してくださったのだと思います。……そして、あの夜、将吾様が助けてくださらなかったら、きっと今日のような日を迎えることはできませんでした。本当にありがとうございました」

 そう言って、玲子は微笑み、深く頭を下げる。
 将吾はしばし言葉を探し、それから照れたように息を吐く。

「礼を言うのは、俺の方だ。……あの日、お前が無事でいてくれて、本当に良かった」

 そして、何かを押しとどめるように一瞬黙ったあと、低い声で付け加える。

「……お前のことは、これからも……俺が、守る」

 玲子は、ぽかんと将吾を見上げた。
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