明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、お客様です



 扉の向こうから、控えめにノックの音が響いた。

「……どうぞ」

 将吾の声に応じて、静かに扉が開かれる。
 入ってきたのは、深い紺の羽織に、仙台平の袴を着けた輝明だった。
 将吾の父の弟にして、藤堂家の政務を陰から支える穏やかな老紳士。その姿には、普段から気品と落ち着きが漂っている。

「叔父上……」

 将吾が軽く目を上げると、輝明はいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、室内を見回す。

「相変わらず、飾り気のない部屋だね。君らしいと言えば、君らしい」

「ご要件をどうぞ」

 無駄を省く将吾の言い方に、輝明は少し笑って応接椅子に腰を下ろした。

「そう堅くなるな。……今日はね、少し、玲子さんのことで話をしに来た」

 将吾の指先がぴくりと動いた。それを視線で追いながら、輝明は言葉を選ぶように口を開いた。

「花嫁候補として、住まわせているようだね」

「……はい」

「彼女が君にとって、特別な存在であることは……先程、庭で少し挨拶を交わしただけでも、伝わってきたよ。真っ直ぐな眼差しをしていた。あれは、君が花嫁にと望んだ理由も分かる気がする」

 将吾は黙したまま、ただ視線だけを輝明へ向ける。
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