明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、何か引っかかります

 その日、玲子は離れの奥にある書斎を片付けていた。
 玲子の傍らには、一将がふわふわと漂っている。

『玲子殿、手間をかけてすまぬ』

「いえ、わたくし、お役に立てるのが嬉しいんです。お気になさらないでください」

『そう言ってもらえると、気が楽になり申す』

「一将様の気がかりが、ひとつでも取り除ける手助けが出来るなら、頑張ります!」

『玲子殿、心からお礼申す。……あ、その箱じゃ』

「これですか?」
 書斎の隅に残されていたのは、一将が生前に愛用していた漆塗りの文箱。
 中には筆と和紙、薬の処方箋、そして古びた手帳。

『おう、その手帳じゃ。調べてくれ』

 玲子は一将に言われた通りに手帳を取り出し、ペラペラと(ページ)をめくる。すると中には折りたたまれた半紙が挟まれていた。

「……これは?」

 その半紙を広げてみると、一将が服用していた薬の一覧が書かれている。
 見慣れぬ薬の名が並ぶなかに、ひときわ玲子の目を引いたものがある。

 漢方薬の一つである、麻黄(まおう)
 一日三回、と括弧書きされていたその下に、小さな文字で書き足されたような一文があった。 

[夜用の麻黄、念のため分量を倍に]   

「麻黄……昼間も服用しているのに、それに加えて夜は……倍に……?」 

 玲子は眉を寄せ、紙片をもう一度まじまじと見つめた。
 麻黄という、薬剤の名前に何かが引っかかる。

『何か、気にかかるのか?』

「断言できませんが、少し気になります。調べてみないことには……」

『そうか……』

「ここには、本もたくさんあるからもしかして……」

 さらに書斎を漁りはじめる。
 すると、本棚の奥にある漢方薬の本を見つけた。

「あった!えっと……麻黄の効能は……」

 ペラペラと冊子をめくり、麻黄と書かれた(ページ)で手が止まる。
 
(……発汗作用、利尿作用、興奮作用……でも、分量を間違えると……) 
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