明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、決心します

 書庫を後にした玲子は、長い廊下を静かに歩いていた。

 足取りはゆっくりとしていたが、心の内側では波のように激しく感情が揺れている。手に残るあの本の感触、指先に覚えた筆跡のざらりとした余韻が、まだ肌に残っている気がした。

 (どうしよう……)

 誰かに伝えた瞬間、この胸に生まれた疑念が、事実として形を成してしまう気がして、玲子は口を閉ざしていた。

 疑ってはいけない人。尊敬され、家を支え、穏やかな笑みをたたえた人。  
 けれどあの本には、たしかに「それ」が記されていた。優しげな仮面の下に潜む、冷たい意志のようなものが、そこにはあった。

(わたくしが何かを見誤っているのかもしれない。思い込み……早合点かも……でも)

 歩きながら、玲子はふと立ち止まった。廊下の先に開けた庭先。風に揺れる木洩れ日が、淡く足元を照らしている。  
 その光に目を細めたとき、不意に心の奥から、強いざわめきがこみ上げてきた。

 もし、疑念が本当だったら?
 もし、一将様の死が……あの書き込み通りなら?
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