明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、お願いがあります

 朝の光が差し込む書庫の奥、ほこりの匂いがかすかに漂う中で、玲子は黙々と帳簿の束に目を通していた。誰にも言わず、頼らず、ただ一人でここに通い詰めて、もう三日になる。

 探しているのは、薬の出どころ。

(薬を扱っていたのなら、必ず記録が残っているはず……)

 藤堂家の家計をつかさどる帳簿類、使用人の手配記録、そして医薬品の購入帳。表向きは整然と記録されているが、玲子は何度も同じページを辿り、細かな違和感を探していた。

(どうして……この月だけ、記録がごっそり抜けているの?)

 ある年、一将の体調が崩れた頃の記録だけ、奇妙に抜け落ちていた。いや、正確には、《《あえて》》抜かれたような痕跡。頁の綴じ紐の緩み、不自然な筆跡の塗り潰し跡、残された余白。

 玲子は慎重に記録の束を指先でめくり続け、頁の端に微かに残る店名を見つけた。

「……菊屋薬舗……?」

 街の中心から少し外れた場所にある、古くからの薬問屋。代々、質の良い薬草を扱う老舗として知られているが、帳簿の中にその名が現れるのは、たった一度きり。
 しかも、一将の病が悪化する直前のことだった。

 玲子の手が止まる。小さく息を呑み、目を伏せる。

(……やっぱり、なにかあるのは?)

 目を上げた時には、彼女の瞳に迷いはなかった。
 恐れはある。だが、立ち止まる理由にはならない。

 彼女は帳簿の一冊を閉じ、着物の(たもと)に控えめに押し込んだ。屋敷を出るための言い訳は、もう考えてある。

(もし間違っていたとしても、それでも……真実に近づきたい)

 その背筋は、今までとは違っていた。
 大切な人達のために、自分が動かなければという強い意思が心に灯っていた。
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