明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、菊屋薬舗へ

 晴れ渡る空の下、藤堂家の門を出た二人は、馬車で町へと向かった。  
 目的地は「菊屋薬舗」。

 将吾は、あくまで「付き添い」という体裁で同行していたが、その眼差しはいつも以上に鋭く、まるでどんな些細な異変も見逃すまいとするかのようだった。

 先日、街へ出た際に玲子が、かどわかされた一件がまだ記憶に新しい。犯人は捕まり、関係者も一掃されたとはいえ、玲子をひとりで外出させるなど、将吾にとってはもはや論外だった。

「この間、もう少しで取り返しのつかないことになっていたんだ。……念のためと言っても、今日は絶対に、目を離さないからな」

 玲子が「大丈夫です」と笑っても、「念のために、もう一度確認する」と、周りの気配に気を配り、馬車の乗降では手を取り、時には段差の前で先回りして手を差し出す。
 
「将吾様、わたくし、そんなに頼りなく見えますか……?」

「いや……。というより、危ない目に遭わせたくないんだ」

 誰かに大切にされることに慣れていない玲子にとって、将吾の気遣いに、どう返していいのか分からず、心がムズかゆい。
 玲子は、頬を紅く染め、何も言えずにうつむく。
 そんな仕草さえも将吾には可愛く見え、小さく咳払いをしながら視線を逸らした。

「……何かあったら困る、ただそれだけだ」
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