明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ！～

藤堂様、反撃です

　広間の空気を支配したかに見えた輝明。だが、その静寂を破ったのは、将吾の低い声だった。

「……そういえば、叔父上」

　将吾はゆっくりと顔を上げ、皮肉を滲ませた笑みを浮かべる。

「ご息女に、男児が生まれたそうで……。これは誠に、おめでたいことですな」

　突然の言葉に、場の空気が一瞬ざわめいた。
　輝明の目が細められる。

「……何を言いたいのかね」

「いや、ただの祝いの言葉だ。もっとも……」
　将吾は卓に肘をつき、鋭い眼差しを向ける。
「その幼子を“藤堂の後継者”として担ぎ上げようと画策しておられるのは、叔父上ではありませんか？」

　分家筋の者たちが一斉にざわめいた。
　輝明の眉がかすかに動く。

「馬鹿な。根拠もなく……」

「根拠ならある」
　将吾の声が広間を震わせた。
「未遂に終わったが、舞踏会での一件。あのとき毒入りの杯を運んできた給仕は、この屋敷で養われていた書生だったはずだ」

　空気が凍りつく。
　年配者の一人が思わず声を上げた。
「な……なんと……！」

　輝明の表情は微動だにしなかった。
　だが、その背後に一瞬、黒い影が揺らめくのを玲子は見逃さなかった。