明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、許せません

 広間に重苦しい沈黙が落ちた。
 輝明はなおも笑みを保とうとしたが、将吾の皮肉が突き刺さると、その顔がぴくりと歪む。

「――黙れぇッ!」

 突然の怒声に、分家衆がびくりと肩を震わせた。
 輝明は卓を叩きつけるようにして立ち上がり、血走った目で将吾を睨み据える。

「小僧どもが! 貴様らごときに……ワシが! 藤堂を導いてきたこのワシが……愚弄されてたまるかぁ!」

 その瞬間だった。
 輝明の背から、黒い影がぶわりと広がり、彼の全身が包み込まれていく様が、玲子の瞳に映し出された。
 影は獣のようにうねり、顔の輪郭にまで滲み出し、彼の声を歪ませていく。

「……憎い……奪ってやる……すべて……」

 輝明の瞳は完全に黒く濁り、先ほどまでの穏やかな仮面は跡形もなく剥がれ落ちていた。
 そこに立つのは、もはや人ではない。

「ワシこそが藤堂の主だ! この家も、この血も……すべてワシのものだぁッ!」
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