明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、文をしたためます

 夜の帳が降りた書斎に、墨の香りがふんわりと立ち上る。将吾は文机の前に座り、白紙の便箋に筆を滑らせる手を止めていた。

「……書きたいことは、山ほどあるのに、うまく言葉が出てこないな」

 玲子はそっと湯呑を将吾のそばに置いた。その動作ひとつとっても、穏やかな気遣いがにじむ。

「迷っておられるのですか?」

 将吾は小さく頷くと、筆を置き、深く息を吐いた。

「叔父の罪……そして、それに気づけなかった自分の未熟さ。……いざ両親に伝えるとなると……情けない話だが、言葉が詰まってしまう」

 玲子は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「……でも、将吾様が、何を一番大切にされているか。私は知っています。きっと、ご両親にも、それは伝わるはずです」

 その言葉に、将吾はふっと息を漏らし、小さく笑った。

「ありがとう。君がそばにいるだけで……心が整っていく。手紙には、玲子殿をこの家に迎えることも記しておくよ」

 もう一度筆を取り、将吾はゆっくりと書き始めた。
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