明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ！～

藤堂様のお父様です

　その日、藤堂家の門に一台の黒塗りの馬車が静かに到着した。朝霧を割って進んできたその車から降り立ったのは、将吾の父──藤堂将輝であった。

　軍帽を脱ぎ、無駄のない動作で周囲を一瞥するその姿は、まさしく「藤堂の家」の威厳を体現する男だった。深く刻まれた眉間の皺、鋭い眼差し。厳格な空気をまといながら、将輝は静かに玄関へと歩を進めた。

「父上……お久しぶりです」

　将吾が出迎え、深く頭を下げる。続いて、女中に案内された玲子が玄関口へと姿を現した。

　将輝は彼女を見て、しばし無言のまま視線を向けた。年季の入った軍人らしい、沈黙の圧。それだけで、場の空気が凍るようだった。

「……君が、榊原家の令嬢か」

　その一言には、藤堂家の家長としての距離感と、目の前の相手を「将吾が選んだ者」として見極めようとする気配が滲んでいた。

　玲子はわずかに息を詰めるも、迷いなく頭を下げる。

「……はじめまして。榊原玲子と申します」

　言葉は澄んでいた。怯えでも虚勢でもない、芯のある声音だった。