明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

エピローグ 春の名残り

季節はめぐり、藤堂家で迎える三度目の春。
 庭には、かつてと同じように椿の花が咲いていた。
 けれど今、その景色はどこか、やわらかく、温かな光を帯びて見える。

 玲子は縁側に座り、小さな布にくるまれた赤ん坊をそっと胸に抱いていた。
 その子はすやすやと眠っており、小さな手が夢の中で何かをつかもうとするように、ふわふわと宙を舞っている。

 (こんなにも、小さな手なのに……)

 その手が、未来をつかもうとしているのだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 傍らに腰を下ろした将吾が、そっと玲子の肩に手を添えた。

「……ありがとう、玲子」

 その一言に、玲子は微笑み、静かにうなずいた。
 「ありがとう」そう言いたいのは、むしろ自分の方だった。

 この家で、家族と呼べる存在に出会い、心から信じられる人と結ばれ、
 こうして命を腕に抱く日が来るなんて、かつての自分には想像もできなかったのだから。

「名前、決まりましたね」

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