明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、空を見上げます

 顔も覚えていない母。
 玲子は幼い頃から、「男と逃げた母に捨てられた子」として、榊原家の離れに追いやられていた。
 それは自分が犯した罪ではない。
だが、家族は今も、姿を消した母の行いを玲子の罪として責め続けてくる。

 舞香の言葉は、玲子の心にあるいつまでも癒えぬ古傷をえぐる。じくじくと、奥底で疼くように、玲子の胸が痛んだ。

 離れに戻った玲子は、ふと立ち止まり、窓の外へと視線を移した。
 庭の白いマグノリアの傍らで、ヒヨドリが枝にとまり、羽を休めている。灰色の羽を、黄色い嘴で一生懸命に繕う姿は、なんともいじらしい。
 その小さな命に、ほんの少し心が和らぐ。
 やがて羽繕いを終えたヒヨドリは、パッと翼を広げ、青空へと羽ばたいていった。 

「……自由に飛べるなんて、うらやましい」

 思わず、ぽつりと呟く。
 あの鳥と違って、玲子には自由がない。まるで、籠の中の鳥のようだ。
 新たな“飼い主”が現れれば、自分の意志など関係なく、譲られていくだけの存在。
 玲子は、空高く飛んでいくヒヨドリの姿を、ただ、じっと見送っていた。
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