明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、街へ行きます

 建付けの悪い扉が、キィーと軋む音を立てる。
 玲子は離れの裏口にある木戸を抜け、路地へと歩み出す。
 小袖の着物に草履を履き、仕立てた着物を包んだ風呂敷包みを、胸元で大切に抱えていた。

 路地をいくつか曲がりながら、馴染みの呉服屋・松林屋を目指し歩み続ける。
 用事があっての外出とはいえ、久しぶりの町歩きは心が浮き立つ。
 通い慣れた道ではあるけれど、窓越しに見る景色とは違い、空は広く、風は自由だ。

「やっと仕立て上がったんですもの。早くお届けしなくては」

 大通りに出ると、両脇には店が立ち並んでいた。
 雑貨屋や本屋の前を通るたび、寄り道する暇はないと分かっていても、思わず店先に並んだ商品を覗き込んでしまう。
 わずかばかりの自由。
 玲子は、この一瞬が、楽しくて仕方ない。
 だから、この先、何が起きるかなど、深く考えることもなかった。
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