明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
玲子様、彷徨います
吉壱が人払いをしていたようで、幸い玲子は誰にも見つからずに松林家を出ることが出来た。
それでも、早足で大通りまで来ると、不安で振り返る。誰も追いかけてくる人が居ない様子に、ホッと息を吐き出した。
今日、榊原家の母屋で会った百合絵が、気持ち良く松林屋に行くのを了承したのには、大旦那の吉壱と百合絵の間で、玲子を売り渡すような取引があったに違いない。
最悪の場合、父親の隆之も一枚噛んでいたなら……。
血の繋がる父親だけは違うと思いたいが、普段からの扱いを考えても、「もしかしたら」と言う可能性が捨てきれずにいた。
自宅へ戻れば、再び松林屋に送り返されるかもしれない。そう思うと、玲子の足は竦んだ。
夕暮れ時、道行く人々は皆、帰る家を目指して歩いているのか、足早に見える。行く当ての無い玲子だけが、ぽつんとその場に取り残されたようだった。
ずっと家に閉じこもり、人との関わりが無かった玲子には、頼れる友人の一人も思い当たらない。
手元にあるのは、仕立て代として受け取った僅かなお金だけ。それで生きていけるわけもない。
「……結局、家に帰って、言いなりに嫁ぐしか道はないのかしら」
小さく吐き出した言葉が、風にさらわれて消えていく。
暗い未来しか浮かばず、胸の奥がひりつく。じわりと滲んだ涙で景色がゆらぎ始めた。
玲子は、あてどもなく歩き出した。
どれくらい歩いたのだろうか。気づけば日は傾き、空が茜に染まり始めている。
いつの間にか町はずれの橋の袂にたどり着いていた。土手には芦が茂り、その先には、静かに川が流れている。
重くなった足を少しでも休めようと、玲子は橋の近くに立つ一本の柳に背を預けた。
この先、どうしたらいいのか……。
身を寄せる場所も、頼れる人もいない。胸の奥が冷たい不安に満たされていく。
そのとき、不意に、耳元で声がした。
『ねぇ、アンタ……死にたいの?』
それでも、早足で大通りまで来ると、不安で振り返る。誰も追いかけてくる人が居ない様子に、ホッと息を吐き出した。
今日、榊原家の母屋で会った百合絵が、気持ち良く松林屋に行くのを了承したのには、大旦那の吉壱と百合絵の間で、玲子を売り渡すような取引があったに違いない。
最悪の場合、父親の隆之も一枚噛んでいたなら……。
血の繋がる父親だけは違うと思いたいが、普段からの扱いを考えても、「もしかしたら」と言う可能性が捨てきれずにいた。
自宅へ戻れば、再び松林屋に送り返されるかもしれない。そう思うと、玲子の足は竦んだ。
夕暮れ時、道行く人々は皆、帰る家を目指して歩いているのか、足早に見える。行く当ての無い玲子だけが、ぽつんとその場に取り残されたようだった。
ずっと家に閉じこもり、人との関わりが無かった玲子には、頼れる友人の一人も思い当たらない。
手元にあるのは、仕立て代として受け取った僅かなお金だけ。それで生きていけるわけもない。
「……結局、家に帰って、言いなりに嫁ぐしか道はないのかしら」
小さく吐き出した言葉が、風にさらわれて消えていく。
暗い未来しか浮かばず、胸の奥がひりつく。じわりと滲んだ涙で景色がゆらぎ始めた。
玲子は、あてどもなく歩き出した。
どれくらい歩いたのだろうか。気づけば日は傾き、空が茜に染まり始めている。
いつの間にか町はずれの橋の袂にたどり着いていた。土手には芦が茂り、その先には、静かに川が流れている。
重くなった足を少しでも休めようと、玲子は橋の近くに立つ一本の柳に背を預けた。
この先、どうしたらいいのか……。
身を寄せる場所も、頼れる人もいない。胸の奥が冷たい不安に満たされていく。
そのとき、不意に、耳元で声がした。
『ねぇ、アンタ……死にたいの?』