明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、地獄で仏に

 馬車を降りた将吾は、軍帽をキュッと被り直し、肩章のついた軍服の裾を軽く払って整えた。腰には軍刀。凛としたその姿が、夜の町に映える。
 厚い雲が満月を隠し、あたりは深い闇に包まれていた。
 軒先の行燈を頼りに、料理屋からは酔客たちの賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
 喉の渇きを覚え、できることなら暖簾をくぐり、一杯引っかけたいところだ。だが、制服姿のまま寄り道はできず、将吾は少し残念そうに足を進めた。

『コラ!気づけ!』

 将吾の呑気な様子に、幽霊の一将が、どうにか玲子の危機を伝えようと叫んでいるが、まったく通じずヤキモキしている。

『このうすらとんかち! 左じゃ、左に曲がれぬか!』

 近くに、玲子の気配がある。
 それも、ぞわりと肌が粟立つような、《《悪しきモノ》》を纏う者と共に。

《《悪しきモノ》》。
 それは、負の感情と共鳴し、人の心に巣食う存在。
  一度取り憑かれれば、麻薬のように感情を支配され、理性を奪われていく。
 欲望のままに動き、他者を傷つけることも厭わなくなる。

『ぐずぐずするでない、この大馬鹿者! 早う左に曲がらんか!』

 
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