明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、意外です

 その頃、藤堂本家の一階にある客間では、たまたま届け物に立ち寄った尚文が、紅茶の香りを楽しみながらティーカップを傾けていた。

「ほう。……で、玲子君は今、客室で眠っていると」

 静かに目を細める尚文。
 どこか企みを含んだ笑みがその口元に浮かぶ。
 だが、将吾はそんな表情に気づかぬまま、窓の外を眺めながら続けた。

「ああ。詳しいことはまだわからんが、路地裏でならず者に連れ去られるところだった。間一髪、助け出せた」

「榊原家には知らせたのか?」

 尚文の問いに、将吾は顔を向けて、静かに首を振った。

「……玲子殿が目を覚ましてからの方が良いと思ってな。まだ、伝えていない」

「なるほどね。で、この後どうする?今回の件、可能性としては、舞踏会で毒入り葡萄酒を仕込んだ犯人が、口封じに動いたと考えた方が自然だな」

 尚文の読みを、将吾も認めたようにうなずく。

「単なる誘拐ではないだろう。……俺たちを毒殺しようとした者が、玲子殿が何かを知っていると踏んで、次の手に出たのかもしれん」

「なら、藤堂で彼女を保護するのが最善だろうね」

「だが、やっかいだ……」

 将吾は深いため息をついた。
 この時代、未婚の女性を、未婚の男性の屋敷に匿うなど、たとえ潔白でも“ふしだら”と囁かれる。
 将吾自身はそれほど痛手にならないが、玲子にとっては、名誉や将来に関わる重大な問題だ。

「実はね、少し気になって、あの舞踏会の後、玲子君の身辺を調べてみたんだ」

 尚文が静かに語り出す。
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