明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、自分で選んで下さい

 ベッドから起き上がった玲子は、かつてこの家の当主だった一将に導かれ、廊下を歩き始めた。
 榊原家の和建築とは対照的に、藤堂家は洋館である。
 窓縁は優美なアールを描き、足元には濃紺の絨毯が敷き詰められていた。
 壁に飾られた絵画もどこか異国の趣があり、モダンな空気を漂わせている。

『玲子殿、どうだ? この藤堂の屋敷、気に入ったか?』

「はい……まるで夢の中にいるようです」

 玲子が暮らす榊原家の離れは、建付けも悪く、冬は隙間風が身に染みる。
 布団も薄く、どれだけ日に干してもぺたんこなままだ。
 それに比べ、この家のふかふかのベッドで目覚めた時は、まるで雲の上に居るような感覚だった。

『将吾と夫婦になれば、この家に住めるのじゃぞ』

 一将の唐突な一言に、玲子は目を見開き、慌てて胸の前で手のひらを振った。

「め、滅相もございません。将吾様は、多くのご令嬢の憧れのお方。わたくしなどが結婚などと……恐れ多いことでございます」

『そうかのう? 年頃も釣り合っておるし、何より、玲子殿がこの家に来てくれたら、拙者も寂しくなくて済む』

 言われてみれば、一将とこうして話せるのは、将吾が近くに居る時だけだ。

「一将様は……将吾様の守護霊なのでしょうか?」

『うむ。守護霊と言うほど立派なものではないが、孫の傍にいると、多少は自由が利くようでな。幽霊の中でも便利な方かもしれぬ』

「孫の傍……では、尚文様のところにも行く事が?」

『あはは、二人の間を行ったり来たりじゃ。なかなか便利だろう』
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