明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、どうしますか

 そう言って将吾が示したのは、猫足の装飾が施された優美な一人掛けの椅子だった。
 背凭れには貝殻を模した彫刻があり、布地はビロード。
 まるで姫君のために誂えたかのような逸品だ。

「まあ……素敵な椅子ですね。わたくしが座ってもよろしいのでしょうか?」

「もちろんだよ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 玲子はうれしそうに微笑みながら、椅子にちょこんと腰かける。
 その様子に将吾は満足げに頷き、尚文は呆れ顔で口をつぐんでしまった。

『あはは、これは面白い展開になってきたぞ』

 一将が将吾の背後でニヤニヤしているのを、誰も気づかない。
 唯一、一将が視える玲子も今は素敵な椅子に夢中だ。
 場の空気を整えるように、尚文が咳払いをひとつ。

「ならず者に襲われたと聞いて、本当に驚いたよ。怪我が無くてよかった。……怖かったろう?」

「はい……もう、助からないかと思いました」

 玲子は、そのときの恐怖が甦ったのか、肩をわずかに震わせた。

「犯人は憲兵に引き渡した。もう心配しなくていい」

 将吾の落ち着いた声に、玲子はハッと我に返る。

「将吾様……お礼が遅くなりまして、申し訳ございません。助けていただき、本当にありがとうございました」
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