明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、それって……

 祖父ほど年の離れた吉壱との結婚など、想像しただけで鳥肌が立つ。ねっとりと這うように触れてきたあの感触は、虫に這われるより不快だった。
 それでも玲子は、親の言いつけに従う以外に道はないと思っていた。
 うつむく玲子に、将吾が静かに言葉をかけた。

「もし……その結婚を玲子殿が望んでいないのなら、藤堂として力になるのはやぶさかではない。榊原へ戻るか、この家で暮らすか……。気持ちを隠さず、玲子殿自身が決めていい。そのために、尚文も俺も助力を惜しまぬと約束しよう」

 その言葉は、玲子にとって衝撃だった。

 ”自分の気持ちを隠さずに決めていい”

 そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。
 親の命に逆らうことは、許されなかった。
 自分の思いは飲み込むもの、従うことがすべて。それが、正しさだと教え込まれてきた。
 あのとき、空を飛ぶ鳥を見上げることしかできなかった。
 あんな風に、自由にどこかへ飛んで行けたなら。
 いつか、そんな願いを胸の奥でひっそり抱いていたことを、思い出した。
 堰を切ったように、感情があふれ出す。
 ぽろぽろと涙がこぼれ、握りしめた手の甲を濡らしていく。

「……わがままを……申しても、よろしいのでしょうか……」
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