明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、幽霊と仲良くなります

 玲子の母・千賀子は、榊原隆之が故郷の三国へ帰省した際、親の(こさ)えた借金のかたに東京へ連れて来られた女性だった。
美しい容姿が隆之の目に留まり、妻としてではなく、いわゆる愛妾として離れに住まわされた。そして、玲子がまだ五つの頃、千賀子は忽然と姿を消した。一説には男と駆け落ちしたと言う話しだ。

 そんな過去を持つ玲子に、正妻である百合絵が愛情を向けるはずもない。玲子は榊原の籍を持ちながらも、居候のような娘として扱われ、幼い頃から一度も「家族」として迎えられたことはなかった。

 気づけば、玲子の居場所は、家の奥まった離れと決まっていた。
朝は誰よりも早く起き、誰よりも遅く眠る。炊事洗濯をこなし、作った食事の残りをひとり静かに口に運ぶ生活。男爵家の令嬢であるにも関わらず、下働きのような生活を送り、針仕事を請け負うことで、僅かな金銭を受け取り、かろうじて生き繋いでいた。
誰にも期待しない。
誰にも頼らない。
 いつしかそれが、玲子の生き方となっていた。

 だから、こうして舞踏会に立たされているのも、父の「顔を売ってこい」の一言がすべてだった。
 玲子にとって、この場所は“居場所”ではなく、ただ、命じられた通り立っている、それだけだった。

 着慣れぬドレスは継母のもの。丈が合わず、肩が浮いてしまう。華奢すぎる自分の体がそれを着こなせるはずもなく、鏡に映る姿に思わず視線を逸らしてしまった。
華やかな社交場に咲く花たちの中で、玲子はただの影だった。

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