明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

藤堂様、手詰まりです

 この日、早々に仕事を終えて帰宅した将吾は、書斎のドアを開けた。

「ずいぶん帰りが早いな」

 そう言って、部屋の主のようにゆったりとソファに腰を下ろしていたのは尚文だった。
 それを見た将吾は、部屋の隅のチェストに軍帽を置き、やれやれと肩をすくめた。

「尚文こそ、ずいぶん早いじゃないか。仕事がヒマなのか?」

「仕事以外に調べものがあって、死ぬほど忙しいよ!」

 尚文は不貞腐れたように、オーク材の机にうつ伏せた。

「ははっ、悪かったな。それで、何がわかったんだ?」

 将吾の問いに、尚文はうつ伏せたまま顔だけを将吾に向けて答えた。

「玲子君の母親……千賀子さんの行方を追ってみたんだ。駆け落ち相手とされた使用人の名は、中村兼介。出身は上州・安中。 榊原家を辞めたあとすぐ、地元に戻って、幼馴染の娘と所帯を持っていた」

「ということは……千賀子さんは?」

「千賀子さんは同行していない。つまり、駆け落ちじゃなくて、千賀子さん単独の失踪という線が濃厚だよな」

 将吾は先日訪れた榊原家でのことを思い出し、表情を曇らせる。
 権力に媚び、弱い者には冷酷な玲子の父、隆之。
 そして、己の欲望を隠そうともしない継母・百合絵。
 そんな家庭に長年置かれていた玲子のことを思うと、胸が痛んだ。

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