明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~

玲子様、上を向きましょう

『玲子殿、あまり根を詰めるでないぞ』

 ふいに一将の声がして、玲子は針を止めた。
 藤堂家の一室。
 針仕事専用として用意された部屋で、玲子は連日、着物の仕立てに没頭していた。
 一番最初に縫い始めたのは、深緑の霰模様、一将の着物だ。
 顔を上げた玲子は、ほっと微笑む。

「おかえりなさいませ、一将様」

『おう、ただいま帰ったでござる』

「おかえりなさい、と、ただいま。……こうして挨拶ができるのって、良いものですね。心がぽかぽかと温かくなります。一将様、藤堂家に連れて来てくださって、本当にありがとうございます」

 榊原家では、ずっと独りだった。
 玲子にとっては、こんな些細な会話ですら、嬉しくて胸に沁みる。
 そんな健気な様子の玲子が、どれほど愛情に飢えていたのかと思うと、一将は抱きしめてやりたくなる。
 だが、幽霊の身ではそれも叶わない。

『将吾も戻ってきたし、尚文も来ておるぞ』

「まあ、尚文様も? ふふっ、おふたりは本当に仲がよろしいのですね」

『年も近いしな。よき好敵手じゃ』

 一将はニヤリと口角を上げ、どこか含みのある笑みを見せる。

『玲子殿。将吾と尚文、どちらが好みじゃ?』
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