寡黙な消防士は秘密の娘ごと、復讐を終えた妻を溺愛する
1・母娘の生活
 クローゼットの上部には、写真立てが置かれている。
 高校の卒業式のあと、両親が優しい笑みを浮かべて映る家族写真だ。
 まさかこれが最後の記念撮影になるなど、この当時は思いもしていなかった。
 幸せそうに微笑むかつての自分を見るたびに、どうしてこうなったんだろうという後悔ばかりが募る。

 ――お父さんが亡くなっていなければ、あんな決断をしなくて済んだ。
 こんなふうに自分の身体を犠牲にして、人目を避けるように暮らす必要などなかったのに……。

希美(のぞみ)ちゃん』

 そう後悔を募らせるたびに、己の名を呼ぶ忌々しい男の声が聞こえてくる。
 姿を思い出す前にその光景をかき消さなければと必死になり、唇を噛みしめて心の奥底から湧き上がる感情をぐっと押さえつけた。

 ああ。やっぱり、この写真は駄目だ。
 自らの犯した間違いだらけの選択を責めるように、あの人の幻聴や幻覚に苛まれてしまうから……。
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