すれ違いの果てに見つけた愛

第十五章:嫉妬の夜


 その夜、アパートの部屋は妙に静まり返っていた。
 窓の外では街灯が揺れ、遠くで犬の鳴き声が響いている。
 私はカーテンの隙間から夜空を見上げながら、胸の奥を締めつける不安を抱えていた。

(麻衣さんの言葉……。あの笑み……どうして忘れられないの)

 翔の「信じろ」という声を思い出すたびに、麻衣の挑発が心を蝕んでいく。



 ノックの音が静寂を破った。
 心臓が跳ねる。
 恐る恐る扉を開けると、そこに立っていたのは翔だった。

「……こんな夜に、どうして」

「話がしたい」

 低い声。その瞳には強い光が宿っている。
 私は戸惑いながらも部屋に招き入れた。

 狭い空間に翔の存在感が満ちると、息が苦しくなる。



「麻衣のことで動揺しているな」

 唐突に切り出された言葉に、胸が跳ねた。

「……だって、彼女は“特別”だって……。翔さんが本当に私を選んだのか、わからなくなる」

 声が震える。
 翔は深く息を吐き、私の肩を掴んだ。

「俺が選んだのはお前だ。何度でも言う。麻衣ではない。杏里、お前だ」

 力強い声に、心が揺れる。
 けれど同時に、どうしても疑念は消えなかった。

「じゃあ……どうしてあのとき、私に優しくしてくれなかったの?」

「……」

 沈黙。
 翔の瞳に苦悩が宿る。

「俺は……お前を失いたくなくて、逆に遠ざけてしまった。愚かだった」

「翔さん……」

 涙が滲む。
 けれど、胸の奥にある恐怖は消えない。



「杏里。お前が他の男と笑っているのを見たとき……俺は耐えられなかった」

 低い声が落ちる。
 その言葉に、心臓が大きく跳ねた。

「……悠真君のこと?」

「ああ。お前が彼と話すだけで、胸が焼けるようだった。理性なんて吹き飛びそうになった」

 翔の瞳は嫉妬で濁り、強い光を帯びていた。

「俺は……お前が誰かに取られるくらいなら、壊してでも側に置いておきたい」

 吐き出された言葉に、息が詰まる。
 恐怖と同時に、心の奥に甘い疼きが広がっていく。

「翔さん……そんなの、愛じゃなくて——」

「愛だ」

 強い声が遮る。
 翔の手が私の頬を掴み、熱を伝えてくる。

「お前を失った四年間で、思い知らされた。俺にとって生きる意味はお前だけだ」

 瞳の奥の熱に、胸が震える。



「でも……私は怖いの。また同じように突き放されるんじゃないかって」

「突き放さない。二度と」

 翔の声は低く、決意に満ちていた。
 私は涙をこぼしながらも、彼を押し返そうとした。

「……信じたい。でも、簡単には信じられない」

「なら、行動で証明する」

 翔の手が強く私を抱き寄せた。
 体温が伝わり、心臓が早鐘を打つ。

「杏里……俺を信じなくてもいい。けど、俺から逃げるな」

「翔さん……」

 涙が止まらなかった。
 拒絶したいのに、抱きしめられると心が揺れる。



 長い沈黙。
 彼の腕の中で、私は必死に呼吸を整えた。

 嫉妬に燃える翔の瞳は怖い。
 でも、その奥にある熱は、私が求め続けたものでもあった。

(私は……どうしたいの……?)

 揺れる心は、まだ答えを出せなかった。
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