すれ違いの果てに見つけた愛

第十六章:真実の告白

 夜風が揺れる。
 街灯の下、私と翔は向かい合っていた。
 先ほどまでの抱擁の余韻が、まだ身体に残っている。
 けれど、心は混乱したままだった。

「翔さん……どうして、今さらこんなふうに私に迫るの」

 震える声で問いかける。
 翔は短く息を吐き、苦しげに瞳を細めた。

「……もう隠せない。全部話す」

 その言葉に、胸がざわつく。



「俺は……最初からお前を愛していた」

 静かに落ちた声に、心臓が大きく脈打つ。
 私は思わず首を振った。

「嘘よ。だって、あの頃の翔さんは——」

「冷たくしていた。距離を置いた。……わかっている」

 翔は視線を逸らさず、言葉を続けた。

「お前を守りたかったんだ。政略結婚という重圧に加えて、俺の執着まで押し付けたら……お前が壊れると思った」

「守る……? あんなに冷たく突き放して?」

 涙がこぼれる。
 翔は拳を握りしめ、声を震わせた。

「本当は、毎晩でも抱きしめたかった。お前の声に応えたかった。……でも、それをしてしまえば、俺はきっとお前を縛る。お前の自由を奪ってしまう。だから、わざと距離を置いた」

「……」

 胸が痛い。
 信じたい気持ちと、まだ信じきれない恐怖が入り混じる。



「杏里。お前が笑っていると、心が救われた。だけど、俺がその笑顔を独り占めすれば、お前を苦しめるんじゃないかと……怯えていたんだ」

 翔の声は低く、かすかに震えていた。
 冷徹に見えた彼が、こんなにも脆い顔を見せるなんて——。

「なら、どうして離婚を受け入れたの」

 嗚咽混じりに問い詰めると、翔は苦しげに目を伏せた。

「……お前の幸せを願った。俺の隣にいて苦しむくらいなら、自由になったほうがいいと……そう思った」

「そんなの……勝手すぎる」

 涙が頬を伝う。
 翔はその涙を拭おうと手を伸ばした。
 私は反射的に避けたが、彼の声が続く。

「勝手だ。愚かだ。……だが、俺はもう二度と同じ間違いを繰り返さない」



 沈黙。
 夜風が二人の間を吹き抜ける。
 やがて翔は一歩近づき、私の手を強く握った。

「杏里。俺はお前を愛している。これからは逃げも隠れもしない。……信じられなくてもいい。ただ、俺を見てくれ」

「翔さん……」

 震える声が漏れる。
 心臓が苦しいほど脈打ち、涙が止まらない。

「信じたい。でも、怖いの。……また同じように突き放されるんじゃないかって」

「突き放さない。……もう二度と」

 翔の目は真剣で、熱を帯びていた。

「お前が泣くなら、その涙ごと抱きしめる。笑うなら、その笑顔を守り抜く。……俺にはもう、それしかできない」

 その言葉に、胸が大きく揺れる。
 信じてもいいのか——。
 いや、まだ早い。
 でも、翔の声が真実にしか聞こえなかった。



 帰り道、私は翔の言葉を何度も反芻していた。

——「俺は最初からお前を愛していた」
——「お前を守るつもりで冷たくした」
——「もう二度と突き放さない」

 涙が頬を濡らす。
 信じたい。けれど、信じればまた傷つくかもしれない。

(私の心は、どうすればいいの……?)

 夜の街灯の下で、揺れる心を抱えたまま、私は立ち尽くしていた。
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