すれ違いの果てに見つけた愛

第十八章:家の圧力


 翌朝。
 カフェへ向かう道を歩きながら、私は夜の余韻を思い返していた。
 翔の腕の中で泣きじゃくり、互いに弱さを見せ合った。
 あんな翔の姿を見たのは初めてで……心の奥が、まだ熱を帯びている。

(信じてもいいの……? 本当に……?)

 胸の奥で答えは出ないまま、カフェの扉を開けた。
 けれどその日の午後、平穏はあっけなく壊された。



 「失礼します。西園寺家の者ですが」

 低い声が店内に響いた。
 振り向くと、背広を着た初老の男性が立っていた。
 ——翔の家でよく見た顔。執事の一人だ。

「杏里様。少しお時間をいただけますか」

 鼓動が早まる。
 周囲の客が好奇の目を向ける中、私は渋々店の外へ出た。

 路地裏に佇むその男は、厳しい眼差しで私を見据えていた。

「——もう、これ以上はやめていただきたい」

「……どういう意味ですか」

「旦那様……翔様は次期総帥として大事な立場にございます。あなたのように家を出て、四年も姿を隠していた女性が再び現れれば、評判に傷がつきます」

 胸が痛む。
 言葉は冷静だが、まるで私が“厄介者”だと突きつけられているようだった。

「翔様にはふさわしい縁談もございます。麻衣様のご実家——黒江家とのつながりも、再び動き始めております」

「……麻衣さんと?」

 頭が真っ白になる。
 昨夜の翔の言葉——「選んだのはお前だけだ」が、遠ざかっていく。

「あなたが再び関われば、翔様のお立場を危うくするだけです。……身を引いていただけませんか」

 冷たい声に、足元が揺らぐ。



 その夜。
 部屋に戻った私は、ベッドに腰を下ろしたまま動けなかった。
 脳裏に響くのは執事の言葉と、麻衣の挑発的な笑み。

(やっぱり……私は邪魔なの?)

 涙が滲む。
 信じようとした矢先に突きつけられた現実。
 翔を信じたいのに、家という巨大な壁が立ちはだかっていた。



 ドアを叩く音。
 翔だった。
 疲れた表情のまま私を見ると、彼は無言で部屋に入ってきた。

「……執事が来たわ。」

 私が言うと、翔は眉を寄せた。

「勝手なことを。」

「翔さん……家は、あなたに麻衣さんとの縁談を押しつけているんでしょう?」

 声が震える。
 翔は私の手を取り、強く握った。

「関係ない。俺が選ぶのは杏里だ」

「でも……!」

 嗚咽が込み上げる。
 翔の腕の中にいると安心するのに、頭の中では“西園寺家の圧力”が離れない。

「翔さん……あなたの立場を壊してまで、私を選べるの?」

 問い詰めると、翔の瞳が真剣に光った。

「壊してでも選ぶ」

 短く、強い声。
 その言葉に胸が震える。

「俺は……お前を失って何もかも意味がないと知った。家も、地位も、名誉も……全部どうでもいい。お前がいなければ、俺には何も残らない」

 涙が溢れた。
 翔の言葉は熱く、真実にしか聞こえない。



 けれど私は、まだ心の奥で怯えていた。
 翔の愛を信じたい。
 でも、西園寺家という現実の壁は高くて重い。

(本当に……翔さんと一緒にいられるの?)

 揺れる心を抱えたまま、私は彼の胸に顔を埋めた。
 翔は強く抱きしめ、耳元で囁いた。

「杏里……どんな圧力があっても、俺はもう離さない」

 その言葉が、涙で濡れた心に深く刻まれた。
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