すれ違いの果てに見つけた愛

第十九章:揺らぐ未来

 雨が降っていた。
 夜の街灯に濡れたアスファルトが光り、傘の下で雫の音だけが響く。
 私は翔と並んで歩いていたが、胸の奥は重く沈んでいた。

(この道の先に……私たちの未来はあるの?)



 その日、カフェで常連の女性客から何気なく囁かれた。

「聞いたわよ。西園寺家、また縁談を進めてるんですってね」

 その言葉に、手にしていたカップが揺れ、心臓が痛んだ。
 麻衣の顔が頭をよぎり、胸が締めつけられる。

 夜、翔に問いただした。

「……本当に、麻衣さんとの縁談があるの?」

 翔は短く沈黙した。
 その間だけで、心臓が冷えていく。

「——ある」

「……っ」

 全身が震えた。
 翔はすぐに続けた。

「だが、受ける気はない。断る」

「でも……家はあなたにそれを望んでいる。私じゃなくて、麻衣さんを……」

 声が掠れる。
 翔は腕を伸ばし、私を抱き寄せた。

「俺が望んでいるのは杏里だけだ。家が何を言おうと関係ない」

「本当に……?」

 震える声で問い返す。
 翔は私の瞳を真っ直ぐ見つめ、強く頷いた。

「俺は四年前、お前を失って何も残らなかった。……二度と同じ過ちはしない」

 言葉は熱い。
 でも、私の心はまだ揺れていた。



 その夜、ベッドの上で一人、天井を見つめながら考えた。

(翔さんを信じたい。だけど、また同じ孤独に戻るのが怖い……)

 過去の記憶がよみがえる。
 冷たい寝室、背を向けられた夜、返ってこない言葉。
 あの苦しみを二度と味わいたくない。

 けれど今の翔は違う。
 涙を流し、必死に「愛している」と言ってくれる。

(信じたい……でも……)

 答えは出なかった。



 翌日。
 カフェの閉店後、雨に濡れた路地で翔と向かい合った。
 街灯の下、雫が滴り落ちる音だけが響いている。

「杏里。……一緒に来てほしい」

「どこへ……?」

「俺の世界へ。西園寺家という枠を越えて、俺の隣に」

 胸が強く震えた。
 彼の言葉は真実で、嘘ではないとわかる。
 それでも——。

「翔さん……私は、まだ怖い。あなたを信じたいのに、信じきれない」

 涙が滲む。
 翔は私の頬に触れ、雨粒を拭うように撫でた。

「怖くてもいい。……それでも俺を選んでくれ」

 低い囁きが耳に落ちる。
 胸が苦しいほど熱くなる。

(私……どうすれば……)

 未来は揺れていた。
 愛を選ぶか、恐れに逃げるか。
 雨音の中、私は答えを出せずに立ち尽くしていた。
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