騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜
3
数日後、話し合いの場を設けたと嶺二から連絡を受けた。
もう少しかかると思っていた美麗は、意外な早さに思わず目を瞬かせた。
「あの弁護士、やるじゃない」
早々にあの女の悔しがる顔が見られると、美麗は笑みを浮かべ上機嫌に支度をする。
話し合いの場は、嶺二の事務所だ。
事務所にたどり着くと、またもや受付を通す間もなく嶺二が美麗を迎えた。
その時の周りの反応は、以前と比べなぜか親しみのこもった表情をしていた。眉を顰めた美麗だったが、特に話しかけられる様子もなかったので無視した。
嶺二と一緒に婦人がいる部屋を開けると、婦人は深々と頭を下げていた。
「申し訳ございませんでした」
「……は?」
訳のわからない美麗は、咄嗟に嶺二を見る。すると嶺二は、部屋のテーブルに置いてある宝石と第三者機関の鑑定書を手のひらで指し示した。
そこで美麗は思い出す。今日使うからと、昨日のうちに宝石と鑑定書の写しを提出して欲しいと嶺二に言われていたことを。
婦人はまともに美麗を見ない。ただ頭を下げお詫びとして、弁護士が指定した金額を入金。
再度「申し訳ございませんでした」と言葉を残し、そそくさと部屋から出ていってしまった。
あまりにもあっけない終わりに、美麗は嶺二に質問をした。
「……もしかして、私が来る前にすべて終わらせたのですか?」
「はい。証拠が揃っているのだから、話し合う必要もないでしょう?」
嶺二は美麗の驚いた顔をニコニコと見つめた。
「どうせなら私の目の前で、繰り広げてほしかったんですけどね」
美麗は婦人が目の前で絶望する顔を見たかったのだ。何も言い返せずわなわなと震える婦人を見たかったのだ。それなのに有能すぎる男は、すべてこの目で見る前に終わらせてしまった。
「感情的になってこちらが不利になっても困りますから」
「……そうですか」
言い返せない美麗は、怒りの言葉を飲み込み、代わりに大きなため息を吐いた。
その姿を見ていたのに嶺二はさほど気にする様子もなく言葉を投げかける。
「勝ちは勝ちです。良かったですね」
「……そうですね。短い間でしたが、お世話になりました」
落胆した美麗は、テーブルに置いてある鑑定書とダイヤモンドを手に取った。
輝くダイヤモンドを見つめ、美麗はまたため息を吐く。
偽物扱いされたダイヤモンド。あの場にいた常連はきっとこれを欲しがらないだろう。
少しでも偽物に見えてしまったのだから。
これをどうしようかと考えていると、ふと頭をよぎる嶺二の言葉。
『身につける宝石に少しは気を遣おうかと思って』
無料という言葉が引っかかっていた美麗は、ダイヤモンドの入った箱を嶺二に手渡す。
「よければこの宝石、もらってください」
美麗は少しでも偽物だと疑われた宝石を、店に置いておきたくないと思ったのだ。賄賂でもなければ媚び売りでもない。
だが、嶺二は手渡された箱を見て、そしてきょとんとした顔で美麗を見て首を傾げた。
「本当に、こんな高価なものを貰ってよろしいのですか?」
「はい。今回の報酬だと思っていただければ」
今後は、偽物と思われないように仕入れの際に細心の注意を払わないと――美麗はもう店のことで頭をいっぱいにしていた。
「では、これで美麗さんに合った結婚指輪を作りますね」
「へぇ、そうです、か……はあ?!」
思考が一瞬止まった美麗は、目を大きく見開き嶺二に詰め寄る。
「何を勝手なことを! 私、婚姻届になんてサインしていないわ!」
「記憶にないだけですよ」
嶺二は胸ポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、ゆっくりと広げて見せた。
そこに印字されたのは、美麗の直筆のサイン。
「……っ!」
美麗の脳裏に、数日前の光景が蘇る。――重なって見えた書類。あの違和感。
美麗の顔から血の気が引き、すぐに怒りで紅潮する。
「貴方、最初から仕組んでいたのね!」
あの時もっと入念に確認すべきだった。違和感がある時点で警戒しておけばよかったと、複数のたらればが頭をよぎる。
その様子を嶺二は嬉しそうに微笑み、頷いた。
「ええ。貴女が疑わずにサインしてくれて、本当によかった」
「……まさか役所に持って行ってないでしょうね? 何が欲しいの? お金?」
脅しに使われていると判断した美麗は、どうにかこの場で収めようと必死だ。
これ以上醜態を父に知られるのは嫌なのだ。
「残念ですが、もう役所に提出済みですよ」
「そんな……お祖父様はまた私を賭けたの!? しかも結婚だなんて、許せない!」
「取り消したいですか?」
嶺二は柔らかく笑いながら、美麗の瞳を覗き込む。
「でも、財前美麗が“自分のサインをなかったことにする”なんて――あり得ませんよね?」
「~~~~っ!」
痛いところを突かれた美麗は声にならない叫びをあげる。
美麗は怒りで思わず嶺二の胸ぐらを掴んだ。
「私と結婚して、貴方は何がしたいの!?」
美麗も自分はルックスはいいが、性格がよくないことを理解していた。これまでお見合いを数回したが、どれも美麗の我が強すぎて見送られ、良い雰囲気になったかと思えば財力と名声目当て。
いつの間にか親は好きに生きなさいとうるさく言うことはなくなっていた。
美麗ももう結婚はせず仕事に生きようと思っていたところだった。
「財産でも名声でもなく――僕が欲しかったのは君自身。ただそれだけです」
嶺二は恥ずかしげもなくそう言って、美麗の手を握った。
もう少しかかると思っていた美麗は、意外な早さに思わず目を瞬かせた。
「あの弁護士、やるじゃない」
早々にあの女の悔しがる顔が見られると、美麗は笑みを浮かべ上機嫌に支度をする。
話し合いの場は、嶺二の事務所だ。
事務所にたどり着くと、またもや受付を通す間もなく嶺二が美麗を迎えた。
その時の周りの反応は、以前と比べなぜか親しみのこもった表情をしていた。眉を顰めた美麗だったが、特に話しかけられる様子もなかったので無視した。
嶺二と一緒に婦人がいる部屋を開けると、婦人は深々と頭を下げていた。
「申し訳ございませんでした」
「……は?」
訳のわからない美麗は、咄嗟に嶺二を見る。すると嶺二は、部屋のテーブルに置いてある宝石と第三者機関の鑑定書を手のひらで指し示した。
そこで美麗は思い出す。今日使うからと、昨日のうちに宝石と鑑定書の写しを提出して欲しいと嶺二に言われていたことを。
婦人はまともに美麗を見ない。ただ頭を下げお詫びとして、弁護士が指定した金額を入金。
再度「申し訳ございませんでした」と言葉を残し、そそくさと部屋から出ていってしまった。
あまりにもあっけない終わりに、美麗は嶺二に質問をした。
「……もしかして、私が来る前にすべて終わらせたのですか?」
「はい。証拠が揃っているのだから、話し合う必要もないでしょう?」
嶺二は美麗の驚いた顔をニコニコと見つめた。
「どうせなら私の目の前で、繰り広げてほしかったんですけどね」
美麗は婦人が目の前で絶望する顔を見たかったのだ。何も言い返せずわなわなと震える婦人を見たかったのだ。それなのに有能すぎる男は、すべてこの目で見る前に終わらせてしまった。
「感情的になってこちらが不利になっても困りますから」
「……そうですか」
言い返せない美麗は、怒りの言葉を飲み込み、代わりに大きなため息を吐いた。
その姿を見ていたのに嶺二はさほど気にする様子もなく言葉を投げかける。
「勝ちは勝ちです。良かったですね」
「……そうですね。短い間でしたが、お世話になりました」
落胆した美麗は、テーブルに置いてある鑑定書とダイヤモンドを手に取った。
輝くダイヤモンドを見つめ、美麗はまたため息を吐く。
偽物扱いされたダイヤモンド。あの場にいた常連はきっとこれを欲しがらないだろう。
少しでも偽物に見えてしまったのだから。
これをどうしようかと考えていると、ふと頭をよぎる嶺二の言葉。
『身につける宝石に少しは気を遣おうかと思って』
無料という言葉が引っかかっていた美麗は、ダイヤモンドの入った箱を嶺二に手渡す。
「よければこの宝石、もらってください」
美麗は少しでも偽物だと疑われた宝石を、店に置いておきたくないと思ったのだ。賄賂でもなければ媚び売りでもない。
だが、嶺二は手渡された箱を見て、そしてきょとんとした顔で美麗を見て首を傾げた。
「本当に、こんな高価なものを貰ってよろしいのですか?」
「はい。今回の報酬だと思っていただければ」
今後は、偽物と思われないように仕入れの際に細心の注意を払わないと――美麗はもう店のことで頭をいっぱいにしていた。
「では、これで美麗さんに合った結婚指輪を作りますね」
「へぇ、そうです、か……はあ?!」
思考が一瞬止まった美麗は、目を大きく見開き嶺二に詰め寄る。
「何を勝手なことを! 私、婚姻届になんてサインしていないわ!」
「記憶にないだけですよ」
嶺二は胸ポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、ゆっくりと広げて見せた。
そこに印字されたのは、美麗の直筆のサイン。
「……っ!」
美麗の脳裏に、数日前の光景が蘇る。――重なって見えた書類。あの違和感。
美麗の顔から血の気が引き、すぐに怒りで紅潮する。
「貴方、最初から仕組んでいたのね!」
あの時もっと入念に確認すべきだった。違和感がある時点で警戒しておけばよかったと、複数のたらればが頭をよぎる。
その様子を嶺二は嬉しそうに微笑み、頷いた。
「ええ。貴女が疑わずにサインしてくれて、本当によかった」
「……まさか役所に持って行ってないでしょうね? 何が欲しいの? お金?」
脅しに使われていると判断した美麗は、どうにかこの場で収めようと必死だ。
これ以上醜態を父に知られるのは嫌なのだ。
「残念ですが、もう役所に提出済みですよ」
「そんな……お祖父様はまた私を賭けたの!? しかも結婚だなんて、許せない!」
「取り消したいですか?」
嶺二は柔らかく笑いながら、美麗の瞳を覗き込む。
「でも、財前美麗が“自分のサインをなかったことにする”なんて――あり得ませんよね?」
「~~~~っ!」
痛いところを突かれた美麗は声にならない叫びをあげる。
美麗は怒りで思わず嶺二の胸ぐらを掴んだ。
「私と結婚して、貴方は何がしたいの!?」
美麗も自分はルックスはいいが、性格がよくないことを理解していた。これまでお見合いを数回したが、どれも美麗の我が強すぎて見送られ、良い雰囲気になったかと思えば財力と名声目当て。
いつの間にか親は好きに生きなさいとうるさく言うことはなくなっていた。
美麗ももう結婚はせず仕事に生きようと思っていたところだった。
「財産でも名声でもなく――僕が欲しかったのは君自身。ただそれだけです」
嶺二は恥ずかしげもなくそう言って、美麗の手を握った。