騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜

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「ここが、これから僕たちが暮らす家ですよ」

 「二人で住む場所はすでに用意してある」と嶺二に聞き、家族は喜んで美麗を家から追い出した。
 そして嶺二に案内された家は、戸建て。てっきりマンションだと思っていた美麗は目を瞬かせた。
 
「は? 戸建て?」

 二階建てで庭付き。人が住んでいた形跡がないことから、おそらく新居。
 美麗は、隣で笑顔を絶やさない嶺二を見て問いかける。

「……いつから用意してたわけ?」
「やだな〜、ただの僕のセカンドハウスですよ」

 軽い調子で言いながらも、嶺二の声色にはどこか嬉しさが滲んでいる。
 買うだけ買って放置していた、なんて本当に信じられるだろうか。眉を顰める美麗をよそに、嶺二は当然のように手を引いて家へと案内する。

 中は埃1つなく照明で輝いていた。持ってきた家具や荷物も既に搬入されていて、まるでずっとここで暮らしていたかのようにしっくり馴染んでいる。
 さらに悪いことに――内装はあまりにも美麗好み。落ち着いたシックな色合いに、過剰ではない高級感。

「……偶然にしては出来すぎてるわ」
「趣味が合うって、素敵なことじゃないですか」
 
 さらりと言われ、美麗は「違和感を覚える方が普通よ」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 引越し作業の途中、美麗が"これは丁重に扱え"と口酸っぱく言っていた段ボールを持ち上げた。すぐに、嶺二が言葉を投げかける。

「重いですよ。それ、僕に任せてください」
「大丈夫。宝石や服ばかりだから、他の人には触らせたくないの」
「じゃあ僕ならいいですね」

 嶺二は美麗から自然に横からそれを奪う。
 
「ちょっと! 頼んでないわ!」

 段ボールを抱えたまま階段を上っていく嶺二の背中に、美麗は大きなため息を吐いた。
 その扱いが妙に丁寧で、傷1つつけまいとする手つきが、余計に心をざわつかせる。

 傷をつけられても困るからと後を追い、美麗はその背中を追いかける。
 美麗の部屋まで運んだ荷物を手袋をして取り出し、「どこに置きますか?」と嫌な顔1つしない。
 
「自分で片付けるから置いておいて」
「二人でやった方が早いですよ」

 くすりと笑う嶺二の声に、美麗は胸の奥がきゅっとなる。
 
(バカじゃないの!? この程度で何ときめいてんのよ、私!)

 美麗は一度深呼吸をした後、嶺二から荷物を奪い片付け始める。
 その様子を見て、嶺二は一人目を細め、ほくそ笑んでいた。
 

「――結婚式、挙げましょう」

 粗方引越し作業を終わらせ、落ち着いてきた頃。嶺二は大量の冊子を美麗の前に置いた。
 だが、美麗は冊子に目もくれず、スマートフォンで店の経営状況を確認していた。
 
「嫌よ。なんでそんな面倒なことをしなきゃならないの」

 愛もなければ政略結婚でもない。不意打ちでしてやられた結婚。
 そんな不服しかないものに、美麗は時間を割きたくはなかった。

「第一、私はまだあんたとの結婚を認めてないのよ。子供騙しみたいなことして……」
 
 嶺二は握りしめていたスマートフォンを美麗に突き出し、笑った。

「だ、そうでですよ。お義父様」
「お義父様……?」

 嶺二のスマートフォンには、美麗の父とのビデオ通話が繋がっていた。
 接続時間を見て、最初から聞かれていたことを察した美麗。

「美麗……財前家の娘が結婚したのに、式を挙げないなんてありえないことだ! いくら金を掛けてもいいからやりなさい!」

 父が側にいたらきっと美麗の肩を掴み、揺さぶっていたことだろう。それほどに力強い声でそう言った。

「……それと、わたしは娘のドレス姿が見たいし自慢もしたい。一緒にバージンロードを歩きたいしスピーチもしたい! 親孝行と思ってやってくれ!」
 
 後半からただの父親のささやかな願いだが、美麗としてはそれがかなりの重圧となった。
 それは、言葉には出さないが、これまで散々迷惑をかけたのだから、親孝行をしたいと考えていたからだ。
 美麗は険しい表情を一瞬だけ見せたが、諦めたように眉を下げた。

「……わかりました、やればいいんでしょ」

 そんな美麗を見て、父は満面の笑みを浮かべ「では、楽しみにしている」と通話が途切れた。
 嶺二はスマートフォンの机へと置き、冊子を1冊手に取り美麗へと渡す。

「ご快諾いただき、ありがとうございます」
「どこが"ご快諾"よ! ああもう、これも全部あの女のせいよ。もらった慰謝料、全部投入してやるわ」

 美麗もスマートフォンを机へと置き、嶺二から受け取った冊子を開く。
 そこには付箋がされておりどのようなサービスがあるのか、ドレス、式場、料理……簡潔に手書きで記載されている。
 お勧め度なんてものも書いており、かなり細かい。

「……一朝一夕でできるものじゃないわよね、これ」

 流石の美麗もドン引きだ。家や引越しの手配もかなり迅速だった。その時点でおかしいと思っていたが、まさか式場に関してもリサーチ済み。
 まるで最初からこうなることを予見していたかのような状態。美麗は嶺二を睨みつけ、少しだけ身を強張らせた。

「僕を見ても何も出てきませんよ。……せっかくですし、美麗さんの好みの式にしてください。これとか、好きなんじゃないですか?」

 冊子を開き、指を差す。それは確かに美麗好みのドレスや式場だった。
 しかし美麗は、嬉しいと言うよりも、自身のことをあまりにも知っている嶺二に恐怖さえ覚えるところだった。
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