騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜

6

 結婚式も無事に終わり、ベッドで力尽きている美麗。
 だが、意外と頭は冴えていて、美麗は、祖父から聞いたことを整理することにした。
 
「高坂嶺二は弁護士……というのはまあ、わかりきっているのだけれど。祖父が弁護士を探している時に、タイミングよく現れた若手」

 祖父の時は、まだあまり弁護士として活躍はしていない状態。だが、「勝ってみせます」と嶺二は豪語。その力強さを祖父は買った。そしていざ本番となった時、華麗に相手を言い負かし勝訴。
 あまりにも鮮やかな勝ちだったため、祖父はそれを境に、事あるごとに嶺二を頼った。

 そしてある時、美麗が祖父を訪ねた時に一度嶺二と会っている。とはいえ、美麗は祖父に用事があったので嶺二には目もくれない。そのため、美麗はその時会った記憶はない。

「私の時もそうだったけど、タイミングが良すぎるんじゃない? やっぱり財前の名が目当て?」

 自分というよりも、財前の財産や経営会社が欲しくて結婚した可能性を考えた美麗。
 だが、結婚してもいまだ弁護士は辞めず、経営に関して何か首を突っ込んでくる様子もない。
 だからと言って、愛を求めてきたりする様子もない。
 美麗は、見当違いのことを考えているのだろうかと首を傾げる。

「でもまあ、私の仕事やプライベートに首を突っ込まないのなら、悪くないかもしれないわね」

 考えるのが面倒になってきた美麗は、そう思うことにした。
 結婚したおかげで、親の心配はなくなった。
 美麗にとっては、これもまた最高の親孝行だ。

「さて、そろそろ店に顔を出してみるか……」

 最近忙しくてまともに顔を出せていなかった自身の店。もちろん店のことで動いてはいたのだが、外での交流ばかりで店に行けていなかったのだ。
 
 美麗は朝食を軽く済ませようとリビングへと行くと、テーブルには食事が並べられていた。
 すべてフードカバーがされており、隣には"出勤前に食べてくださいね"という書き置きまで。
 
 また、食事とは別にサンドイッチボックス。
 中身は美麗の好きな具材が挟んであるサンドイッチが複数詰められている。

「これだけされると、不気味ね」

 そう口にするものの、フードカバーを外し、警戒せずに食事を始めた。
 きっとどこかでボロが出るはず。美麗はそう思いつつ、嶺二の作った料理を美味しくいただいて出勤したのだった。

 ◇

 美麗が店へと足を踏み入れると、すぐさまスタッフに泣きつかれ裏方へ。
 事情を聞くと、新人スタッフによるトラブルについてだった。
 
「――なるほど。私がいない間にそんなことがあったのね。……それで、自分たちでは手に負えないと放置していた、と」
「も、申し訳ございません! これ以上、美麗様の許可なしに動くのは些か不安でして」
「はあ……言い訳は結構。で、その新しく雇ったスタッフは1日来て、そのあと蒸発?」
「はい。仕入れ先がカンカンに怒ってます……」

 美麗から、回転率が悪いようであれば、人を雇って良いと言われていたため、スタッフ間で話し合い求人を出した。
 そこで素行の良さそうな人材を見つけ、すぐに雇い入れた。
 しかし、蓋を開けてみれば、仕入れ先の宝石にケチをつけたり落としたり。しまいには謝りもせず逃げるように蒸発。
 
 店にクレームが来たが、対応した既存スタッフは、「新人だから」と言い訳をして、さらに怒りを増幅。もうお前の店には卸さない、と言われかねない勢いなのだとスタッフは言う。

「美麗様はてっきり、今頃新婚旅行に行っているのかと思っていました」
「だから厄介なことになっていたのに、連絡1つ寄越さなかったのね?」
「……はい」
「はあ〜〜、頭が痛い」

 美麗だからと卸してくれているほど、美麗と親しい取引先だ。スタッフのせいだからと即切りされていないだけで、かなり耐えかねているはずだ。

「それで、その新人スタッフの履歴書は?」
「……それが、今日来たらなくなっておりまして」
「はあ!? 管理がずさんすぎるんじゃないの!?」

 個人情報だからと鍵をかけて管理しているはず。それなのに、今回に限ってスタッフは、履歴書を事務所に置きっぱなしにしていたと。

「もう一度、初心にかえってもらわないといけないのかしらね……?」
「まあまあ、その辺にしてあげてください」
「うるさいわね、これはしっかりと躾ないと……て、なんで貴方がここにいるのよ!」

 美麗の肩に手を置いたのは、夫である嶺二。彼の背後には、嶺二を連れてきたであろうスタッフが、居心地が悪そうに立っている。

「申し訳ございません。ですが、お話は全て聞かせていただきました。僕なら力になれますよ」
「これは私のお店の問題っ……!」

 首を突っ込むなと言いかけたところで、嶺二に人差し指を出され口を閉じた。
 美麗は嶺二との距離を取りつつ、嶺二を見た。

「……今はそんな些細なことに構っていられないわね。悪いと思っているのなら、貴方が解決して」
「よろしいのですか?」
「貴方が言ったんじゃない。……旦那様なら、できますよね?」

 旦那様と呼ばれた瞬間、嶺二の口角がわずかに動いた。しかしそれは誰も気づかない。
 それは、嶺二がすぐさま「手配しましょう」と踵を返し事務所を出て行ってしまったからだ。

 まさか蒸発した新人を見つけ出し、加えて泣いて謝る姿が見られるとは、誰も想像できなかっただろう。
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