騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜
7
報告を受けてすぐ、美麗が菓子折りを持って謝りに行ったおかげで、取引先は謝罪を受け入れた。
もちろんそれは、昔から美麗を知っていて、よく思っていたからできたことだ。
もしこれがそこらのスタッフの謝罪であれば、こうもいかなかっただろう。
(あとは嶺二がどうにかしてくれるでしょ。腕はいいから)
謝罪をしに行ったのにもらってしまった宝石を眺めながら、美麗は上機嫌で帰路に着いた。
――そして、新人スタッフによるトラブルが起きてから一週間後。
嶺二が新人スタッフを連れて事務所へとやってきた。
「申し訳ございませんっ!」
事務所に入るや否や土下座をし、涙を流す新人スタッフ。……いや、元スタッフと呼んだほうがいいだろう。
彼は涙をボロボロと流しながら、高い菓子折りを美麗に差し出した。
だが、美麗は腕組みのまま、元スタッフを睨みつけている。
「それは私じゃなくて、取引先に言うことじゃないかしら?」
「それについては問題ありません。嶺二様と謝罪へ行きましたので」
「……え?」
美麗は聞いてないと言いたげに、側で控えていた嶺二を見る。
嶺二は美麗と視線が合ったが、顔色1つ変えず言う。
「早朝にご挨拶へ伺いました」
「あらそう。それで、取引先はなんて?」
そう問いかけると、地べたに手をついたままの元スタッフが、涙を拭いながら答える。
「快く許してくださいました。これも全て嶺二様のおかげです」
尊敬の眼差しを嶺二へと向け、同じく美麗へと向けた。
「さすが、美麗様が選んだ男性ですね」
「いやぁ、そう言われると照れてしまうね」
「は?」と言いかけた美麗の言葉に被せるように、オーバーリアクションを見せた嶺二。
美麗に質問されないように、嶺二は「さあ、そろそろ開店の時間でしょう」とスタッフを事務所から追い出した。
二人きりになったところで、嶺二は美麗に笑顔を向けた。
「何はともあれ、貴方のおかげで助かったわ。……お金と物、どっちらがいいかしら?」
正直なところ、嶺二が金品を要求するとは思っていない。だが、美麗には他にお礼の仕方を知らない。だから金か物か、いつもその二択で聞いている。
嶺二は微笑み、美麗の手にそっと握った。
「君が喜んでくれるのなら、代価は必要ありません。もう君は僕の妻なのだから、無条件に甘えてくださっていいのですよ」
「は!? 無理矢理結婚させてきたくせに!」
声を荒げたあと、自身が事務所にいることを思い出し、咳払いを1つ。
嶺二の手を振り払わないまま、美麗は嶺二を見つめた。
側から見れば良い雰囲気に見えるだろう。
「……私が気になるんだから何か要求しなさい」
「じゃあ、名前で呼んで欲しいです。あと、敬語やめてもいいですか」
嶺二は握っていた両手を包み込み、じっと美麗を見つめた。
普通の人であれば顔を真っ赤にする場面だが、美麗は美形を何人も見てきている。
だから動揺も照れも嶺二には見せない。
もちろん美麗は面食いなので、内心ちょっと照れていたりはするのだが。
「……そんなのでいいわけ? そもそも、敬語については貴方が勝手に――」
「嶺二」
言い終わる前に嶺二が瞬きもせず美麗を凝視。美麗は目を逸らし、ため息を吐いた。
「はあ……嶺二が勝手に敬語で話してたんじゃない」
「ふふ、そうだったね」
満足そうに微笑み、嶺二は手を離し美麗と距離を置いた。
「さて、そろそろ依頼者の場所に行かなきゃ」と事務所の扉に手をかけた。
部屋を出る前に振り返り、美麗に手を振った。
「美麗、改めてよろしく」
「私はよろしくしたいわけじゃないけど! まあ、もう終わったことはとやかく言わないわ。……その代わり、利用させてもらうから、よろしく」
「いっぱい利用してくれると嬉しいよ」
「それじゃ、また家で」と言い残し、嶺二は扉を閉めた。
嶺二が去った後、休憩にやってきたスタッフが入れ違いで事務所へと来た。
嶺二の背中を目で追い、ほの字だ。
美麗へと振り返り、キラキラした目で詰め寄る。美麗は眉間に皺を寄せたが、気にしていない様子で話し出す。
「美麗様の旦那様、かっこいいですよね〜! しかも、家事全般やるからお手伝いさんを家に入れてないらしいじゃないですか!!」
「……私、そんなこと話したかしら」
「嶺二様が、"美麗さんを独占したいから雇ってない"て言ってましたよ!」
「愛されてますね〜!」と言ったり、「私もあんな人と結婚した〜い!」と頬を紅潮させる。
真相を知らないスタッフに、美麗は顔を歪ませて小声で呟いた。
「……あげたいくらいよ」
「え? なんて言いました?」
一人で盛り上がっていたスタッフには、美麗の嘆きは聞こえず。美麗はスタッフに弱音を吐いてもなと思い返し、首を横に振った。
「なんでもないわ。私はもう出るから」
「はい! 今度来た時は、旦那様との惚気聞かせてくださいね」
「嫌よ」
そう一言言い放ち、美麗は足早に店を後にした。
(あいつ、いつの間にうちのスタッフと話してたのよ……! もしかして私の店を奪うつもりなの!?)
外堀を埋め、少しずつ自身のものにしようとしているのだと、勘違いを始めた美麗。
結婚以外にも契約書に書いてあったかもしれない。
次からは、契約書はしっかり最後まで読もうと美麗は心に決めたのであった。
もちろんそれは、昔から美麗を知っていて、よく思っていたからできたことだ。
もしこれがそこらのスタッフの謝罪であれば、こうもいかなかっただろう。
(あとは嶺二がどうにかしてくれるでしょ。腕はいいから)
謝罪をしに行ったのにもらってしまった宝石を眺めながら、美麗は上機嫌で帰路に着いた。
――そして、新人スタッフによるトラブルが起きてから一週間後。
嶺二が新人スタッフを連れて事務所へとやってきた。
「申し訳ございませんっ!」
事務所に入るや否や土下座をし、涙を流す新人スタッフ。……いや、元スタッフと呼んだほうがいいだろう。
彼は涙をボロボロと流しながら、高い菓子折りを美麗に差し出した。
だが、美麗は腕組みのまま、元スタッフを睨みつけている。
「それは私じゃなくて、取引先に言うことじゃないかしら?」
「それについては問題ありません。嶺二様と謝罪へ行きましたので」
「……え?」
美麗は聞いてないと言いたげに、側で控えていた嶺二を見る。
嶺二は美麗と視線が合ったが、顔色1つ変えず言う。
「早朝にご挨拶へ伺いました」
「あらそう。それで、取引先はなんて?」
そう問いかけると、地べたに手をついたままの元スタッフが、涙を拭いながら答える。
「快く許してくださいました。これも全て嶺二様のおかげです」
尊敬の眼差しを嶺二へと向け、同じく美麗へと向けた。
「さすが、美麗様が選んだ男性ですね」
「いやぁ、そう言われると照れてしまうね」
「は?」と言いかけた美麗の言葉に被せるように、オーバーリアクションを見せた嶺二。
美麗に質問されないように、嶺二は「さあ、そろそろ開店の時間でしょう」とスタッフを事務所から追い出した。
二人きりになったところで、嶺二は美麗に笑顔を向けた。
「何はともあれ、貴方のおかげで助かったわ。……お金と物、どっちらがいいかしら?」
正直なところ、嶺二が金品を要求するとは思っていない。だが、美麗には他にお礼の仕方を知らない。だから金か物か、いつもその二択で聞いている。
嶺二は微笑み、美麗の手にそっと握った。
「君が喜んでくれるのなら、代価は必要ありません。もう君は僕の妻なのだから、無条件に甘えてくださっていいのですよ」
「は!? 無理矢理結婚させてきたくせに!」
声を荒げたあと、自身が事務所にいることを思い出し、咳払いを1つ。
嶺二の手を振り払わないまま、美麗は嶺二を見つめた。
側から見れば良い雰囲気に見えるだろう。
「……私が気になるんだから何か要求しなさい」
「じゃあ、名前で呼んで欲しいです。あと、敬語やめてもいいですか」
嶺二は握っていた両手を包み込み、じっと美麗を見つめた。
普通の人であれば顔を真っ赤にする場面だが、美麗は美形を何人も見てきている。
だから動揺も照れも嶺二には見せない。
もちろん美麗は面食いなので、内心ちょっと照れていたりはするのだが。
「……そんなのでいいわけ? そもそも、敬語については貴方が勝手に――」
「嶺二」
言い終わる前に嶺二が瞬きもせず美麗を凝視。美麗は目を逸らし、ため息を吐いた。
「はあ……嶺二が勝手に敬語で話してたんじゃない」
「ふふ、そうだったね」
満足そうに微笑み、嶺二は手を離し美麗と距離を置いた。
「さて、そろそろ依頼者の場所に行かなきゃ」と事務所の扉に手をかけた。
部屋を出る前に振り返り、美麗に手を振った。
「美麗、改めてよろしく」
「私はよろしくしたいわけじゃないけど! まあ、もう終わったことはとやかく言わないわ。……その代わり、利用させてもらうから、よろしく」
「いっぱい利用してくれると嬉しいよ」
「それじゃ、また家で」と言い残し、嶺二は扉を閉めた。
嶺二が去った後、休憩にやってきたスタッフが入れ違いで事務所へと来た。
嶺二の背中を目で追い、ほの字だ。
美麗へと振り返り、キラキラした目で詰め寄る。美麗は眉間に皺を寄せたが、気にしていない様子で話し出す。
「美麗様の旦那様、かっこいいですよね〜! しかも、家事全般やるからお手伝いさんを家に入れてないらしいじゃないですか!!」
「……私、そんなこと話したかしら」
「嶺二様が、"美麗さんを独占したいから雇ってない"て言ってましたよ!」
「愛されてますね〜!」と言ったり、「私もあんな人と結婚した〜い!」と頬を紅潮させる。
真相を知らないスタッフに、美麗は顔を歪ませて小声で呟いた。
「……あげたいくらいよ」
「え? なんて言いました?」
一人で盛り上がっていたスタッフには、美麗の嘆きは聞こえず。美麗はスタッフに弱音を吐いてもなと思い返し、首を横に振った。
「なんでもないわ。私はもう出るから」
「はい! 今度来た時は、旦那様との惚気聞かせてくださいね」
「嫌よ」
そう一言言い放ち、美麗は足早に店を後にした。
(あいつ、いつの間にうちのスタッフと話してたのよ……! もしかして私の店を奪うつもりなの!?)
外堀を埋め、少しずつ自身のものにしようとしているのだと、勘違いを始めた美麗。
結婚以外にも契約書に書いてあったかもしれない。
次からは、契約書はしっかり最後まで読もうと美麗は心に決めたのであった。