騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜
8
結婚後、美麗も嶺二も仕事が忙しく、同居しているはずなのにまるで一人のような生活を送っていた。
なお、美麗としては気楽に過ごしており、家のことは嶺二がほとんどやってくれていた。そのため、実家暮らしをしていた時よりも、快適に過ごしていたりもする。
もちろん全て任せるのは見返りが怖く、先回りをしてお手伝いさんにやらせていたりする。
その度に、「僕がやるからいいのに」と嶺二は困った表情を浮かべていた。
そんなある日、嶺二が先に帰ってきていた。ちょうど料理が出来上がった頃合いで美麗が帰宅。リビングにたどり着くなり、美麗は目を見開いた。
「……いつもより手が込んでない?」
「うん。だって結婚してから半年経ったお祝いだからね」
その途端、忘れていたという感情よりも、あんだけ忙しくしてたくせに覚えていたのか。加えて、お祝いするのかと眉間に皺を寄せた。
「今日は美麗の好物ばかり用意したんだ」
「そういえば、お祝いの時に何を食べたいかって言ってたわね……」
「気づくかなと思ってたのだけど、美麗は忙しくて忘れてたみたいだね」
忘れていた、というよりも覚えようともしていなかった美麗。だが、プライドが許せず「そんなところよ」と適当に相槌を打って席へと着いた。
ワイングラスをカチンと当てて「乾杯」と言葉を交わす。
いつもは赤ワイン。美麗も赤ワインが好きと言っているはずが、今回は白ワイン。
甘酸っぱいそれに美麗は思わず小声で「美味しい」と溢す。
「やっぱり、美麗は甘いものが好き……そうだろう?」
「はっ、はあ? 私、辛いものが好きって言ったわよね?」
実は美麗は甘いものに目がないのだ。そして、辛いものも苦いものも得意ではない。
だが、子供舌と言われたくなくて幼い頃から克服して、今は何食わぬ顔で飲み食いができるようになった。
それについては、家族にさえ明かしていない事実。それなのに、嶺二は確信めいた言い方をする。
「これは君の食べてるお菓子から推測したに過ぎない。……けど、その動揺っぷりから、やっぱりそうなんだね」
美麗は言い返そうと、隠そうと思ったが、どうせいつかバレること。
ため息を吐いてから、小さく頷いた。
「そうよ、だから何よ。悪い?」
「いいや? 僕以外がこれを知らないことを光栄に思うよ」
何かを要求されかもと警戒をしていたが、嶺二はただただ満足そうに微笑んだだけだった――。
何も要求されないまま食事を済ませ、風呂へと案内された。
ちょうど良い温度、そして良い香りのアロマ。アロマはリラックス効果のある落ち着いた匂い。
「……気遣い上手ね」
なんてちょっと絆されそうになるも、美麗は首を勢いよく横に振る。
(いやいや! 勝手に結婚させられたのよ?)
拒絶する隙もなく婚姻届を出され、何もかも把握されている状況。それを気持ち悪い以外なんと言えるか。
だが、それ以上に自身のことを理解してくれていることに、美麗はどうしても心惹かれ始めていた。
ずっと突っぱね、誰に対しても強い部分しか見せていなかった。だからこそ、全てを包み込んでくれる嶺二に惹かれないわけがなかった。
「髪、乾かしてあげるよ」
風呂から上がり、リビングへと水を飲みに来ていた美麗。そこに現れたのは、ドライヤーを持った嶺二。
美麗は、綺麗な髪は好きだが、ケアをするのは苦手だ。
そこで美麗は「適当に乾かされて、髪が傷んだって怒って離婚届でも叩きつけてやろうか」なんて考え、嶺二にお願いをしてみた。
すると、丁寧に髪を梳かし、風音の少ないドライヤーで乾かす。
あまりにも丁寧な手つきに眠気が出てしまい一瞬だけ頭が前に落ちる。
「大丈夫かい?」
「問題ないわ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう。できるだけサポートするから、なんでも言って欲しいな」
嫌な顔1つしない目の前の男に、美麗は悔しいが、良い男だと思った。顔も美麗の好みで、話は感情論ではなく理論的。
美麗が嫌いになる要素がとんとないのだ。
強いて言うなら、無理矢理結婚させられたくらいだろう。
「……どうして貴方は私なんかと結婚したの?」
「嶺二と呼んでくれたら話すかもね」
「また子供みたいなことを……。それで、嶺二はなんで結婚したの?」
美麗はずっと疑問に思っていたこともあり、反発することなく名前を呼んだ。
「一目惚れだったんだ。美麗は覚えていないだろうけど、僕がご祖父様と別荘へお話を伺いに行った時に会ってるよ。その時から僕の心は君に奪われていた」
「……それは嘘よね? 貴方と一度も会った記憶がないもの」
「それは、君がご祖父様しかみていなかったから、すれ違う僕に気づかなかっただけだよ」
事実、嶺二は美麗と何度か祖父の別荘で会っている。
しかし、美麗は周りを見るほど余裕がなかった。そもそも、嶺二に興味を示していなかったのだ。
「本当に一目惚れ? ならどうして、普通に交際の申し込みにならなかったのよ」
「最初は普通に交際を申し込むつもりだった。でも、ご祖父様が僕にこう言ったんだ。"本気なら賭けをしろ。美麗を泣かせたら、君の名前を二度と財前に出させない"ってね」
美麗の祖父は嶺二を信頼していた。しかし、嶺二と美麗が結婚して美麗が幸せになれるかどうかは別問題。
それならばと、祖父は嶺二に賭けを提案した。
嶺二は賭けの詳しい内容までは美麗に語らなかったが、美麗はそれが気にならないほどに驚いていた。
祖父がそこまで自分のことを想っての賭けだとは知らなかったからだ。また、嶺二がそれほどまでに自身を手に入れたかったことも。
「……そこまでして私を?」
「そうだよ。君を手に入れるためなら、僕の立場や未来を賭ける価値がある」
そう言って、嶺二は優しく美麗の頭を撫でた。
なお、美麗としては気楽に過ごしており、家のことは嶺二がほとんどやってくれていた。そのため、実家暮らしをしていた時よりも、快適に過ごしていたりもする。
もちろん全て任せるのは見返りが怖く、先回りをしてお手伝いさんにやらせていたりする。
その度に、「僕がやるからいいのに」と嶺二は困った表情を浮かべていた。
そんなある日、嶺二が先に帰ってきていた。ちょうど料理が出来上がった頃合いで美麗が帰宅。リビングにたどり着くなり、美麗は目を見開いた。
「……いつもより手が込んでない?」
「うん。だって結婚してから半年経ったお祝いだからね」
その途端、忘れていたという感情よりも、あんだけ忙しくしてたくせに覚えていたのか。加えて、お祝いするのかと眉間に皺を寄せた。
「今日は美麗の好物ばかり用意したんだ」
「そういえば、お祝いの時に何を食べたいかって言ってたわね……」
「気づくかなと思ってたのだけど、美麗は忙しくて忘れてたみたいだね」
忘れていた、というよりも覚えようともしていなかった美麗。だが、プライドが許せず「そんなところよ」と適当に相槌を打って席へと着いた。
ワイングラスをカチンと当てて「乾杯」と言葉を交わす。
いつもは赤ワイン。美麗も赤ワインが好きと言っているはずが、今回は白ワイン。
甘酸っぱいそれに美麗は思わず小声で「美味しい」と溢す。
「やっぱり、美麗は甘いものが好き……そうだろう?」
「はっ、はあ? 私、辛いものが好きって言ったわよね?」
実は美麗は甘いものに目がないのだ。そして、辛いものも苦いものも得意ではない。
だが、子供舌と言われたくなくて幼い頃から克服して、今は何食わぬ顔で飲み食いができるようになった。
それについては、家族にさえ明かしていない事実。それなのに、嶺二は確信めいた言い方をする。
「これは君の食べてるお菓子から推測したに過ぎない。……けど、その動揺っぷりから、やっぱりそうなんだね」
美麗は言い返そうと、隠そうと思ったが、どうせいつかバレること。
ため息を吐いてから、小さく頷いた。
「そうよ、だから何よ。悪い?」
「いいや? 僕以外がこれを知らないことを光栄に思うよ」
何かを要求されかもと警戒をしていたが、嶺二はただただ満足そうに微笑んだだけだった――。
何も要求されないまま食事を済ませ、風呂へと案内された。
ちょうど良い温度、そして良い香りのアロマ。アロマはリラックス効果のある落ち着いた匂い。
「……気遣い上手ね」
なんてちょっと絆されそうになるも、美麗は首を勢いよく横に振る。
(いやいや! 勝手に結婚させられたのよ?)
拒絶する隙もなく婚姻届を出され、何もかも把握されている状況。それを気持ち悪い以外なんと言えるか。
だが、それ以上に自身のことを理解してくれていることに、美麗はどうしても心惹かれ始めていた。
ずっと突っぱね、誰に対しても強い部分しか見せていなかった。だからこそ、全てを包み込んでくれる嶺二に惹かれないわけがなかった。
「髪、乾かしてあげるよ」
風呂から上がり、リビングへと水を飲みに来ていた美麗。そこに現れたのは、ドライヤーを持った嶺二。
美麗は、綺麗な髪は好きだが、ケアをするのは苦手だ。
そこで美麗は「適当に乾かされて、髪が傷んだって怒って離婚届でも叩きつけてやろうか」なんて考え、嶺二にお願いをしてみた。
すると、丁寧に髪を梳かし、風音の少ないドライヤーで乾かす。
あまりにも丁寧な手つきに眠気が出てしまい一瞬だけ頭が前に落ちる。
「大丈夫かい?」
「問題ないわ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう。できるだけサポートするから、なんでも言って欲しいな」
嫌な顔1つしない目の前の男に、美麗は悔しいが、良い男だと思った。顔も美麗の好みで、話は感情論ではなく理論的。
美麗が嫌いになる要素がとんとないのだ。
強いて言うなら、無理矢理結婚させられたくらいだろう。
「……どうして貴方は私なんかと結婚したの?」
「嶺二と呼んでくれたら話すかもね」
「また子供みたいなことを……。それで、嶺二はなんで結婚したの?」
美麗はずっと疑問に思っていたこともあり、反発することなく名前を呼んだ。
「一目惚れだったんだ。美麗は覚えていないだろうけど、僕がご祖父様と別荘へお話を伺いに行った時に会ってるよ。その時から僕の心は君に奪われていた」
「……それは嘘よね? 貴方と一度も会った記憶がないもの」
「それは、君がご祖父様しかみていなかったから、すれ違う僕に気づかなかっただけだよ」
事実、嶺二は美麗と何度か祖父の別荘で会っている。
しかし、美麗は周りを見るほど余裕がなかった。そもそも、嶺二に興味を示していなかったのだ。
「本当に一目惚れ? ならどうして、普通に交際の申し込みにならなかったのよ」
「最初は普通に交際を申し込むつもりだった。でも、ご祖父様が僕にこう言ったんだ。"本気なら賭けをしろ。美麗を泣かせたら、君の名前を二度と財前に出させない"ってね」
美麗の祖父は嶺二を信頼していた。しかし、嶺二と美麗が結婚して美麗が幸せになれるかどうかは別問題。
それならばと、祖父は嶺二に賭けを提案した。
嶺二は賭けの詳しい内容までは美麗に語らなかったが、美麗はそれが気にならないほどに驚いていた。
祖父がそこまで自分のことを想っての賭けだとは知らなかったからだ。また、嶺二がそれほどまでに自身を手に入れたかったことも。
「……そこまでして私を?」
「そうだよ。君を手に入れるためなら、僕の立場や未来を賭ける価値がある」
そう言って、嶺二は優しく美麗の頭を撫でた。