騙され婚〜私を騙した男の溺愛が止まらない〜

9

「本当に、全然覚えていないんだね……」

 美麗が部屋に戻ってから、嶺二は独りリビングで呟いた。
 本当は幼い頃に、二人はパーティー会場で会っていた。
 
 当時の嶺二は気が弱く、他の少年たちと交流が深められず。
 ずっと輪に入れなかった嶺二に声をかけたのが、美麗だった。

 嶺二にとっては救世主だった。輪の中に手を繋いで連れて行ってくれて、紹介してくれて、遊びにも誘ってもらったりもした。
 『レージ』とたどたどしく呼ぶ姿を、嶺二は思い出すたびに胸の奥が暖かくなる。

 嶺二は1つ息を吐いた後、目を閉じて今の美麗の顔を脳内に浮かべた。
 
「……過去のことは覚えていなくても良い。これから好きになって貰えれば」

 ルビーの埋め込まれたピアスを触り、嶺二は微笑む。
 幼い頃、美麗にもらった小さなルビー。お世辞にも綺麗とは言えない形をしている。
 しかし、嶺二へ渡すために削って作った美麗お手製のものだ。だからこそ、これだけはずっと外せないでいる。
 
「今度は何をしてあげようかな」

 嶺二は明日の朝食の準備を済ませ、軽い足取りで自分の部屋へと入ったのだった。

 ◇

 ある時、美麗が帰宅すると、リビングに綺麗にラッピングされた箱を見つけた。

「これは何?」

 リビングで仕事の資料を整理していた嶺二に尋ねると、嶺二はにこやかに微笑んだ。
 
「君へのプレゼントだよ。開けてみて」

 言われるがままに、美麗は箱のリボンに手をかける。
 その時にロゴを確認してみたが、美麗の知らないブランドだった。
 知っているブランドであれば、想像も容易いのだが……。
 美麗は首を傾げ、ラッピングを解き驚愕する。

「はあ!?」
 
 美麗は、体のラインがわかるくらいの服を着て、それに合った少し強気なメイクをする。
 その甲斐あって、「お綺麗です」と言われる日々。
 それなのに、嶺二が突如買ってきた服は、いわゆる"ゆめかわいい"ワンピース。

「美麗に似合うと思って」

 淡いピンク色で、全体的にふわふわしており、フリルがふんだんに使われている。
 美麗は意外と可愛いものが好きだ。雑貨も可愛いものが好き。だが、自分で買うにはプライドが許されず、貰い物の可愛いものを密かにまとめて飾っている。
 
 だからこそ、その可愛らしいワンピースを見て、美麗は可愛いと思った。しかし、口には出さず勢いよく嶺二へと向く。
 
「こんな服、私に似合うわけないじゃない! 貴方、目は大丈夫?」

 いつもの装いを見ていれば、美麗が可愛い服など着るはずもないと誰もがわかるはず。
 だが、この男は美麗の性格や容姿を気にせず、美麗の深層心理に基づき選んでいるのだ。

「目は大丈夫だよ。視力はどちらも1.0だから」
「貴方の視力なんてどうだっていいのよ! ……とにかく、私には合わないし着ないから」
「そう言わずに、着てみたらどうだい?」
「……似合わないって笑うために買ってきたんじゃないでしょうね?」

 皺になりそうなほど強くワンピースを握りしめる美麗。
 そんな美麗の手に、嶺二はそっと自身の手を添えて、優しく微笑みかけた。
 
「愛する妻に、そんなことするわけないだろう」
「騙すように結婚させてきた人を信用できないわよ」

 嶺二の手を払いのけて、美麗は箱にワンピースを戻す。
 その様子を見ていた嶺二は、苦笑いを浮かべた。
 
「まだ言ってる……」
「当たり前でしょう。……はあ、お風呂入ってくるから」

 呆れた表情を浮かべ、美麗は風呂へと逃げる。そうすれば今後嶺二が可愛い服なんて買わなくなり、自分の気持ちを乱したりしないだろうと考えたのだ。

 風呂上がり、リビングは綺麗に片付いており、箱さえも見当たらなくなっていた。
 
 残念に思う自分と、安堵した自分がいることに複雑な気持ちを抱えながら、美麗は自分の部屋へと入る。
 すると、そこにはあのゆめかわいいワンピースがハンガーに掛けられていた。

「なんで私の部屋にあるのよ……」

 上から下までじっくりとワンピースを眺め、可愛さのあまり思わず手に取った。
 鏡で見るくらい……と全身鏡の前に立ち、ワンピースを自身の体に重ねてみる。
 自分に合うかは別としても、やはり可愛い。そう思った美麗は無意識に呟く。

「……可愛い」
「うん。やっぱり可愛い」
「っ!?」

 振り返ると扉を開けて、その様子を見ていた嶺二の姿があった。
 美麗は鍵を閉め忘れたことを後悔した。
 咄嗟に服をベッドへと投げ捨て、美麗は顔を真っ赤にして嶺二にキレる。

「"服は"可愛いわよ! いいセンスしてるわ、ほんと!」
「それを合わせている"美麗が"可愛いんだよ」
「〜〜〜っ!」

 可愛いと言われ、嬉しさと恥ずかしさに、美麗は咄嗟に返す言葉が出ない。
 嶺二は部屋へと入り、美麗が投げ捨てたワンピースを手に取って美麗へと渡す。
 
「せっかくだし、着てみて欲しいな。可愛い化粧なら僕がしてあげるよ」

 いつの間に持ってきていたのか、見たこともない化粧ポーチを手に、嶺二は微笑む。

「……貴方、化粧もできるの?」
「できるよ。昔ヘアメイクアーティストを目指していたことがあったからね」

 さ、遠慮せずに。と嶺二は化粧ポーチの他に、可愛い服を何着も美麗の部屋へ持ち込んだ。

「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなにあるのよ」
「美麗の服を全部隠して、可愛い服を着てもらおうと思ってたから」
「バ、バカじゃないの!?」

 可愛い服に囲まれた美麗は、緩みきった表情筋で迫力のないまま嶺二を罵った。
 それさえも嶺二は、可愛いなと思いつつ黙って美麗とのファッションショーを楽しんだのだった。
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