秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
第4話
転院日は宝星から永徳に救急車搬送で向かった。救急車で約一時間半。とても速い到着に驚いたものだ。
そして、久しぶりの永徳に私は緊張したが、永徳の小児科病棟で働いていた頃の元同僚でもある看護師仲間はあたたかく出迎えてくれた。
小さな声で「矢越先生と結婚してたの!?」と驚きながら尋ねられたが今は隠す必要もない。私は取り繕ったり否定しなかった。
転院した翌日に彩花の手術が控えていた。
そして、いよいよ当日。
「彩花、大丈夫。ママもパパも応援しているからね」
「終わったら三人でゆたか行こうな」
笑顔で送り出す私たちも、内心緊張でいっぱいだった。
オペ室前の待合室周辺で、小さな手をギュッと握ると力強く握り返された。
「うん。まーちゃんもいるもんね」
『まーちゃん』は、馬のぬいぐるみのことだ。
宗一郎さんが、手術に立ち向かうには仲間がいた方が安心するだろうということでプレゼントした。
「では、行きましょう」
小さな腕に点滴ルートがつけられ、手術着を着た彩花は自動ドアの向こう側に歩いていった。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だ。うちのスタッフは精鋭揃いだ。任せるしかない」
待合室のソファに座ると一気に力が抜けてしまう。
宗一郎さんは私を支えて肩を柔らかく揉んでくれた。
「ありがとう……ちょっと強ばっちゃってて」
「それは俺も同じだ」
宗一郎さんが緊張することもあるだなんて。
私は少し驚いた。でも、自分と同じ気持ちであることを知れてなんだか心強くなれた。
「大丈夫だ。俺の信頼する同期が執刀する。必ず成功する」
そう言ってくれる声も、普段は冷静な医師の響きがあるのに、今は父親の祈りそのものだった。
その大きな手の温もりが、張り詰めた私の心を支えてくれる。
時計の針が、ひときわ重たく進んでいく。
一分一秒が永遠のようで、胸に溜まった空気が抜けない。私は何度も深呼吸しながら、ただひたすら祈っていた。
「……オペ待ちする患者家族の気持ちってこんなにも辛いんだな」
宗一郎さんはホットコーヒーを飲んでため息をつきながらそう零す。
「腕のいい信頼する同期が執刀しても、父親としてはやはり不安がある……これが親になるってことなんだな」
眉間に皺を寄せてほろ苦い笑みを浮かべながら俯く横顔を見ても、私はただ何も言わずに祈りながら寄り添うことしかできない。
「いつもは自分が執刀する側だものね」
「ああ。絶対に助けるという気持ちで毎回臨んでいたから心配しないでほしいと思っていたが、それは無理だな」
宗一郎さんが吐露する思いは、私もよくわかるものばかりだった。
以前、小児科で「親になったことがないあなたにはわからないでしょう」と言われたことがあり落ち込んだこともあるが、そういう言葉を投げつけてしまう気持ちも十分に理解できたと思う。
数時間後、オペ室から担当医師が出てきて私たちに声をかけてくれた。
「無事に閉鎖できました。目立った異変もなく手術も予定通り行われました」
その言葉に、全身から力が抜け私は安堵してしまう。
「ありがとうございました……」
宗一郎さんも「……よかった」と小さく呟き、私の肩を抱き寄せる。
その声はかすかに震えていて、彼自身もどれほど不安を押し殺していたのかが伝わった。
その後、病棟に戻り、麻酔からゆっくりと覚めた彩花と再会した時、小さな声で「ママ……」と呼ばれて、私は彩花の手を握った。
「頑張ったね、彩花」
「……あやか、偉い?」
弱々しい声に、宗一郎さんが即答した。
「ああ。偉い偉い。よく頑張った」
宗一郎さんは彩花の頭をぽんぽんとする。
弱々しく聞いてきた彩花は、宗一郎さんに褒められると誇らしげに笑っていた。
そんな光景を見て、私の決意は間違っていなかったのだと思わされた。
そして、久しぶりの永徳に私は緊張したが、永徳の小児科病棟で働いていた頃の元同僚でもある看護師仲間はあたたかく出迎えてくれた。
小さな声で「矢越先生と結婚してたの!?」と驚きながら尋ねられたが今は隠す必要もない。私は取り繕ったり否定しなかった。
転院した翌日に彩花の手術が控えていた。
そして、いよいよ当日。
「彩花、大丈夫。ママもパパも応援しているからね」
「終わったら三人でゆたか行こうな」
笑顔で送り出す私たちも、内心緊張でいっぱいだった。
オペ室前の待合室周辺で、小さな手をギュッと握ると力強く握り返された。
「うん。まーちゃんもいるもんね」
『まーちゃん』は、馬のぬいぐるみのことだ。
宗一郎さんが、手術に立ち向かうには仲間がいた方が安心するだろうということでプレゼントした。
「では、行きましょう」
小さな腕に点滴ルートがつけられ、手術着を着た彩花は自動ドアの向こう側に歩いていった。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だ。うちのスタッフは精鋭揃いだ。任せるしかない」
待合室のソファに座ると一気に力が抜けてしまう。
宗一郎さんは私を支えて肩を柔らかく揉んでくれた。
「ありがとう……ちょっと強ばっちゃってて」
「それは俺も同じだ」
宗一郎さんが緊張することもあるだなんて。
私は少し驚いた。でも、自分と同じ気持ちであることを知れてなんだか心強くなれた。
「大丈夫だ。俺の信頼する同期が執刀する。必ず成功する」
そう言ってくれる声も、普段は冷静な医師の響きがあるのに、今は父親の祈りそのものだった。
その大きな手の温もりが、張り詰めた私の心を支えてくれる。
時計の針が、ひときわ重たく進んでいく。
一分一秒が永遠のようで、胸に溜まった空気が抜けない。私は何度も深呼吸しながら、ただひたすら祈っていた。
「……オペ待ちする患者家族の気持ちってこんなにも辛いんだな」
宗一郎さんはホットコーヒーを飲んでため息をつきながらそう零す。
「腕のいい信頼する同期が執刀しても、父親としてはやはり不安がある……これが親になるってことなんだな」
眉間に皺を寄せてほろ苦い笑みを浮かべながら俯く横顔を見ても、私はただ何も言わずに祈りながら寄り添うことしかできない。
「いつもは自分が執刀する側だものね」
「ああ。絶対に助けるという気持ちで毎回臨んでいたから心配しないでほしいと思っていたが、それは無理だな」
宗一郎さんが吐露する思いは、私もよくわかるものばかりだった。
以前、小児科で「親になったことがないあなたにはわからないでしょう」と言われたことがあり落ち込んだこともあるが、そういう言葉を投げつけてしまう気持ちも十分に理解できたと思う。
数時間後、オペ室から担当医師が出てきて私たちに声をかけてくれた。
「無事に閉鎖できました。目立った異変もなく手術も予定通り行われました」
その言葉に、全身から力が抜け私は安堵してしまう。
「ありがとうございました……」
宗一郎さんも「……よかった」と小さく呟き、私の肩を抱き寄せる。
その声はかすかに震えていて、彼自身もどれほど不安を押し殺していたのかが伝わった。
その後、病棟に戻り、麻酔からゆっくりと覚めた彩花と再会した時、小さな声で「ママ……」と呼ばれて、私は彩花の手を握った。
「頑張ったね、彩花」
「……あやか、偉い?」
弱々しい声に、宗一郎さんが即答した。
「ああ。偉い偉い。よく頑張った」
宗一郎さんは彩花の頭をぽんぽんとする。
弱々しく聞いてきた彩花は、宗一郎さんに褒められると誇らしげに笑っていた。
そんな光景を見て、私の決意は間違っていなかったのだと思わされた。