雨の温室に咲く約束

プロローグ 雨の温室

 しとしとと、途切れることなく雨がガラスを叩いていた。
 温室の中は薄暗く、湿気を帯びた空気に紫陽花の青が鮮やかに浮かんでいる。

 その中心で二人の子どもが立っていた。
 一人は遠野皐月。白いワンピースに赤い長靴を履き、濡れた前髪を気にしながら花を見上げていた。
 隣に立つのは久世玲臣。雨粒を気にも留めず、まっすぐ皐月を見ている。

「大きくなったら、迎えに行く」
 少年の声は雨にかき消されることなく、はっきりと響いた。

「……ほんとに?」
 皐月は瞳を揺らし、頬を赤らめる。

「ほんとだ。嘘をついたら、この雨に笑われる」

 玲臣が差し出した指に、皐月の小さな指が重なる。
 きゅっと結ばれた指切り。温室の中で小さな誓いが生まれた。

 ——その光景を、少し離れた場所から見ている影があった。
 扉の近くに立つ少女、高瀬玲奈。皐月の親友で、三人でよく遊んできた仲間だ。

 玲奈は笑顔を浮かべながらも、胸の奥がちくりと痛んだ。
 雨音に紛れて誰にも届かない小さな呟きが漏れる。

「……ずるいな、皐月」

 あのときから彼の視線は、ずっと皐月に向けられていた。
 その事実を幼い心ながらに悟った玲奈は、笑顔を崩さぬまま、温室を出ていった。

 外の雨は強さを増し、三人の未来に長い影を落としていく。
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