雨の温室に咲く約束
第十章「境界線」
雨は翌日も降り続いていた。
ガラス越しに滴る水筋が、まるで見えない線を描くように滑り落ちていく。
皐月はデスクに向かい、無理に集中しようとキーボードを叩いていた。
しかし頭の中には、あの夜の記憶がこびりついて離れない。
——玲臣さんの腕に、抱きしめられた。
——あんなにも強く、熱く。
思い出すたび、胸が波立ち、呼吸が乱れる。
けれど同時に恐怖に似た感情もあった。
——これ以上、近づいてはいけない。
——私たちは“越えてはいけない境界線”の上に立っている。
昼過ぎ。
廊下で玲臣と鉢合わせた。
彼はまっすぐに歩み寄り、逃げる間もなく声を落とす。
「昨日のこと、なかったことにする気か」
「……副社長、私は——」
「俺は、もう誤魔化されない。お前の気持ちを聞かせろ」
皐月は必死に目を逸らした。
非常灯の下で抱き寄せられた記憶が、肌に残る熱となって蘇る。
「……副社長。私は、これ以上あなたを惑わせたくありません」
「惑わせる?」
「ええ。私といることで、あなたが噂や責任に縛られるのなら——」
声が震える。
玲臣の瞳が深く揺れた。
「……皐月。俺にとって境界なんて関係ない」
「でも、私にはあります」
強い言葉に、玲臣は一瞬だけ息を呑んだ。
皐月はその隙に、頭を下げてその場を去った。
同じ頃。
ホテルのラウンジ。
玲奈はワインを傾けながら、スマートフォンの画面を見つめていた。
そこには玲臣と皐月のツーショットを狙った構図のメモ。
同席する記者に“噂”を広める算段を耳打ちしている。
「真実なんて、どうにでもなるのよ」
グラスの中で赤い液体が揺れる。
玲奈の笑顔には、冷たい影が宿っていた。
夜。
皐月は自室の窓辺に立ち、雨を眺めていた。
指先に触れるガラスが冷たい。
その冷たさでしか、熱を鎮められなかった。
「……私は、これ以上、踏み込めない」
自分に言い聞かせるように呟く。
その背後で、スマートフォンが震えた。
画面に浮かぶ名前を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。
——玲臣。
けれど、皐月は震える手で通知を消した。
境界線を越えないために。
窓の外では、雨脚がさらに強まっていた。
まるで、この先に待つ嵐を告げるかのように
ガラス越しに滴る水筋が、まるで見えない線を描くように滑り落ちていく。
皐月はデスクに向かい、無理に集中しようとキーボードを叩いていた。
しかし頭の中には、あの夜の記憶がこびりついて離れない。
——玲臣さんの腕に、抱きしめられた。
——あんなにも強く、熱く。
思い出すたび、胸が波立ち、呼吸が乱れる。
けれど同時に恐怖に似た感情もあった。
——これ以上、近づいてはいけない。
——私たちは“越えてはいけない境界線”の上に立っている。
昼過ぎ。
廊下で玲臣と鉢合わせた。
彼はまっすぐに歩み寄り、逃げる間もなく声を落とす。
「昨日のこと、なかったことにする気か」
「……副社長、私は——」
「俺は、もう誤魔化されない。お前の気持ちを聞かせろ」
皐月は必死に目を逸らした。
非常灯の下で抱き寄せられた記憶が、肌に残る熱となって蘇る。
「……副社長。私は、これ以上あなたを惑わせたくありません」
「惑わせる?」
「ええ。私といることで、あなたが噂や責任に縛られるのなら——」
声が震える。
玲臣の瞳が深く揺れた。
「……皐月。俺にとって境界なんて関係ない」
「でも、私にはあります」
強い言葉に、玲臣は一瞬だけ息を呑んだ。
皐月はその隙に、頭を下げてその場を去った。
同じ頃。
ホテルのラウンジ。
玲奈はワインを傾けながら、スマートフォンの画面を見つめていた。
そこには玲臣と皐月のツーショットを狙った構図のメモ。
同席する記者に“噂”を広める算段を耳打ちしている。
「真実なんて、どうにでもなるのよ」
グラスの中で赤い液体が揺れる。
玲奈の笑顔には、冷たい影が宿っていた。
夜。
皐月は自室の窓辺に立ち、雨を眺めていた。
指先に触れるガラスが冷たい。
その冷たさでしか、熱を鎮められなかった。
「……私は、これ以上、踏み込めない」
自分に言い聞かせるように呟く。
その背後で、スマートフォンが震えた。
画面に浮かぶ名前を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。
——玲臣。
けれど、皐月は震える手で通知を消した。
境界線を越えないために。
窓の外では、雨脚がさらに強まっていた。
まるで、この先に待つ嵐を告げるかのように